このページは、とくに画像が多いため
すべての画像が表示されるのを
見計らって読んでいってくださいね。
 いま、この像は私の部屋にあります。
そのユーモラスな表情・スタイルには、見れば見るほど愛着が湧いてきます。

 自由の女神だと思うからおかしいんです。

 これはベトナムとアメリカ、東洋と西洋が融合したまったく新しいアートであり、
新しい平和の象徴であると。
 そう考えれば、なんと芸術性にあふれたものに見えることか。(^◇^;)

 たぶん、この像は私にとって一生の宝物になることでしょう。
 ドイモイ(改革)で自由化が進んだとはいえ、
日本みたいに出版物や電波があふれているわけでもなく、
まだまだベトナムでは庶民が得られる情報は限られています。

 そんななか、この像の作者は
数少ない資料や人からの情報を頼りに
「自由の女神とは、こんなものなんだろう。」と
イメージを膨らませ、一所懸命彫っていったんでしょう。

 一体30ドル。

 「高いなぁ」と言った私に、おそらく作者の家族であろう店員は
「3日もかけて作ったんだから。」と一所懸命説明してくれました。

 たしかに、まったく手抜きのない、すばらしい仕事がなされています。

 …自由の女神だと思いさえしなければ。(^◇^;)



 本物が、ギリシャ・ローマの彫刻を思い起こさせる精悍な顔だちと、
決意にあふれた凛々しい表情なのに対し、

ベトナムのほうの顔だちはふくよかで、
控えめな微笑をたたえ、慈悲の心があふれています。





 そう、これはまさに
仏像の顔。(^〜^;)ムゥ
←首が前に出て
  猫背気味

←なんじゃ
  この鎖は





←ただ立って
 いるだけの足元


    5頭身







なぜか長袖→

        
力強い腕の挙げかた


腕が出てる




反り返るほどの背筋


踏み出そうとする
足元→


8頭身        

次は顔です。
 本物のほうは力強く右手を突き挙げ、毅然とした態度であるのに対し、
ベトナム版は全体にいまひとつ力がありません。
とくに右手の挙げかたは、「やあ。」って挨拶の感じでしょうか。
また、全体的に異常なまでの腰の低さも感じられ、
いまにも「まいど。」っていうセリフを発しそうです。

 また、ベトナムのほうにはなぜか余計なものがついています。
それは

右の手首の輪につながれた鎖は、肩を通って左の腰まで
垂れ下がっています。
 しかし、本物にはこんな鎖などありません。
これはいったいなんなんでしょう?

 実は、本物の自由の女神も鎖につながれているのです。
封建社会の軛(くびき)を断ち切り、自由の世界へ---。
それを象徴するために。

 しかし、本物が鎖でつながれているのは
右足首

 左の足首はすでに鎖を断ち切り、
いま右の鎖をも断ち切らんと踏ん張っている瞬間が
あの自由の女神の姿勢なのです。



 しかし、わざわざ手と足を間違えて、
ここまで丁寧に鎖を彫り込んだ作者っていったい…。(^◇^;)





本物と見比べてみましょう。
なんかちがう…。(^〜^;)ムゥ

そのみやげ物屋のひとつで、私は「自由の女神」を見つけたのです。

かつて泥沼のベトナム戦争を戦った『敵国』の象徴が、
こんな片田舎の店にもあったとは!
 ベトナム中部の中核都市・ダナンと港町・ホイアンの
ちょうど中間に、五行山(Ngu Hanh Son)という山があります。
 山のいたるところには仏像が置かれ、山頂付近には寺や
大きな塔が建てられており、 ここが、昔から人々の信仰を
集めていたことがわかります。

 別名・マーブルマウンテン。
その名の通り、この山は大理石を産出します。
ふもとにはこの大理石を使った彫刻の店が軒を連ね、
すぐ横の工房で作る職人たちの作品をみやげに売っています。
これ。
 自由の女神。

 それは、自由と希望の国・アメリカの象徴。

 1876年、建国100周年を祝してフランスから贈られたこの像は、
船でアメリカに渡ってきた多くの移民たちを出迎えてきました。
すべてを捨て、新大陸に賭けた多くの人々が、この自由の女神に
迎えられ、新しい生活に夢と希望を抱いたといいます。

 
その、自由の女神が、ベトナムにもありました。