渋谷とっておき!!ホーム 小笠原村父島字奥村
04998-2-3042

20:00〜23:30
水休

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小笠原でタマナと呼ばれる木の、樹齢200年はあろうか
という大きな大きな一本を取り囲むように建てられた
小さな建物。

南の島のさわやかな潮風が吹き抜け、いつまでも
いたくなるようなとても素敵なバーです。

この店でとくに飲んでほしいのが、ピニャ・コラーダと
いう名のカクテル。ラムをベースに、パイナップル
ジュースとココナツミルク、そして氷を入れてシェイク
するもので、南国の香りと甘さがここ父島にふさわしく
プエルトリコから来た客が「本場よりおいしい」と言った
のもうなずけます。

このバーがあるのは、父島の中心地・東町から歩いて
10分ほどの奥村という集落の道路沿い。
「ヤンキータウン」という店の名は、この集落のかつての
呼び名からつけられています。

かつて無人島だった小笠原諸島に、人間が定住し
始めたのは1830年。最初の人々は、米国や英国など
からの男たちが、ハワイの女性たちを伴っての集団
移住でした。
彼らは、当時この海域で操業していた欧米の捕鯨船の
乗組員から、水も緑も豊かだというこの島の存在を
聞き、ユートピアと信じて移住してきたのです。
彼らは農漁業で自給自足の生活をしながら、一方で
捕鯨船を相手に水や食料を売って生計を立てて
きました。

その後、幕末から明治維新にかけて小笠原諸島が
日本の領土として国際的に認められていく過程で、
彼らは日本の支配を受け入れ、日本人となることを
選び、そのままいわゆる“欧米系日本人”として本土
からの移民とともにずっとこの島に暮らしてきました。

こうした、欧米人をルーツに持つ日本人(帰化人)の
集団は日本でもこの島だけのものであり、まさに
彼らは“知られざる日本人”なのです。

そして、彼らの多くが住む奥村のかつての呼び名、
ヤンキータウンから取ったこの店を営むのもまた
欧米系の大平レーンスさん。
独特の風貌とはにかむような笑顔が素敵な男です。

もし興味があったら、彼に聞いてみてください。
太平洋戦争、米軍統治、そして返還という小笠原の
歴史のなかで、彼らがどんな運命をたどってきたかを。


東京からわざわざ船で25時間半かけてこの島に
やってくる目的の半分が、この店で酒を飲むためで
あってもいい。

そう思えるほどの貴重な体験ができるバーです。



巨木を囲むようにして建つ店


店の真ん中をタマナの巨木が貫く


この店の名物、ピニャ・コラーダ
“世界一のカクテル”との声も頷ける


素敵な雰囲気のカウンターの奥には
離島とは思えない多様な酒が並ぶ


食べ物は持ち込み自由
バーベキューもできる



父島から夕陽を見るとき
「絶海の孤島」という言葉を実感できる






このページのURL:
http://www.totteoki.jp/shibuya/yankee.htm


2008・12