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奇跡の1面。 2011年
9月2日(金)




きょうのスポーツ紙1面は、なでしこジャパン。





左が日刊スポーツ、右は報知新聞。

区別がつかないほどそっくりの紙面です。




なかでもそっくりなのが写真。




表情、手の位置、指の開き加減、すべていっしょ。



ああ、同じ写真を使ってるのか、と思ったら…。





なんと撮影者の名前が違います。


海外の通信社からの配信記事なら、各社で同じ写真になることは
よくあることなのですが、今回のようにそれぞれ自社のカメラマンが
撮っているのに同じ写真、というのは理解できません。



ところが。




よく見ると、報知にあって日刊にないものが。



報知。



日刊。



どうやらこの写真、両社のカメラマンふたりが、
隣同士の場所から撮ったもの。


それが、同じ瞬間を捉えてしまったのです。


たぶん2枚の写真の間には、50分の1秒の差もないはず。





たしかに、ゴール直後の歓喜のシーンですから、同じ瞬間を
撮ってしまうことはありうることでしょう。


しかし、この試合だけで数百枚は撮った写真のなかから
まったく同じ瞬間の、同じ角度から撮った写真を選び抜き、
それを同じ一面で同じようにレイアウトして掲載するなんて
ほとんどありえないできごと。






メディアに詳しくない人にとっては単に「よく似てるね」で
終わるのかもしれませんが、これは奇跡と言ってもいい
できごとなのです。



すごいものを見ました。







この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2011sm.htm#20110902


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武道場に雑魚寝。 2011年
8月20日(日)






たどり着いたのは、千厩(せんまや)という町の武道場。

東京からバスで5時間半。ボランティア第一日目は移動日でした。


武道場の畳の上に畳を重ね、さらにカーペットを敷いて雑魚寝。
今回は総勢28人と多くはなかったのでまだ楽でしたが、
多いときには40人ぐらい参加していたといいますから、当時は
かなり窮屈だったことでしょう。

ここから毎日、バスで30分ほど離れた気仙沼に通い、
ボランティア作業をするのです。


最初、ボランティアの募集を知った時、どんなところに寝泊まり
するのかが最大の関心事でした。

さすがに旅行代理店が企画するような、豪華な温泉旅館に
泊まってボランティア活動はほんの半日、なんてことはないとは
思っていましたが、体育施設で雑魚寝ということで安心しました。


避難所暮らしを強いられている人々のことを思えば、
お手伝いをする私たちもできるだけ近い立場でいたい、
いなければならない、という義務感のようなものがあったからです。

それは、“傍観者ではない”という、自分自身に対する証明の
ためでもありました。


千厩は海岸からクルマで30分ほどの内陸なので、津波の被害こそ
なかったものの、地震で隣接する体育館や公民館のガラスが
何枚も割れ、天井が崩落するなどかなりの被害を受けていました。



上の写真でも、公民館のガラスが割れたままなのがわかります。

震災から4か月がたった7月末の時点でなおほったらかしなのは、
予算の問題というよりも、近隣にある津波被災地の復旧を優先
させようという意識の問題なのでしょう。




もちろん冷房はなし。

扇風機も、広い武道場に3台だけです。


ただこの時期、東京は相変わらずの猛暑が続いていましたが、
東北地方はあまり天候がすぐれず、最高気温も30度ほどと
気温が少し低め。

さらに千厩は内陸で夜になると急に温度が下がるため、
眠れないということはありませんでした。


ただ寝ているときに数回、けっこう大きな余震がありました。
こうした大きな“箱もの”は揺れるときの音がまた盛大。

ガサガサガサ、ゴォォォーって感じで鳴り響き、揺れるという
よりも、箱全体が揺さぶられる感じ。実際の揺れよりも
音の方が大げさに感じられるほど。

被災した人々は、この余震がさぞかし怖かったろうと思います。


食事は、夜が地域の仕出し屋から届く弁当。

朝は別の業者から炊飯器と味噌汁の入った寸胴鍋、それに
数種類のおかずが入った重箱が届き、それぞれ取っていく
ブッフェスタイル。

そして現場に持って行く昼食は、握り飯がふたつずつ。
朝食と同時に届くものを、クーラーボックスで持って行きます。

食中毒の危険や持ち運びのことを考えると、通常の弁当は難しい
からですが、このときほど持参した魚肉ソーセージの偉大さを
感じたことはありませんでした。



大きな“箱もの”での雑魚寝、そして簡素な食事。

私が抱いたイメージ通りの環境のなかで、一週間のボランティア
生活が始まったのです。


                               (続く)


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2011sm.htm#20110820


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なぜボランティアに行くのか。 2011年
8月16日(火)





この場で宣言してしまった、被災地支援のボランティアへの参加。

しかしその後、出発までの葛藤はすごいものがありました。


なぜ自分がボランティアに行くのか。行きたいのか。

その根本の部分での、自問自答の繰り返しになったのです。


自分が行ったところで、どれほどの役に立つというのか。

単に、「善いことをしている自分」に酔いたいのではないのか。

“被災地見物”をしたいだけじゃないのか。

「立派だ」「偉い」と褒められたい自分がいるんじゃないのか。

結局、自分のウェブサイトのネタにしたいだけなんじゃないのか。


そのすべてを、完全に否定できたわけではありません。
いやむしろ、そのすべてを肯定せざるを得ない醜い自分が
いることを嫌というほど思い知らされました。


しかし、ひとつだけ、何が自分を突き動かしているのか、
はっきりと見えてきたことがありました。


それは、いつもの傍観者ではない、違う視点に立ってみたい、
ということ。


津波の被害を受けた人々の側に、少しでも近づくことで
見えるもの、感じるものがあるのではないかと。

その経験によって、これまで傍観者として生きてきた自分が
やってきたこと、信じてきたこと、そして抱き続けてきた思いが
正しかったのかどうかを見つめ直そう、と。


自問自答の末、最後に残ったたったひとつの“希望”を胸に、
7月24日、東北へのバスに乗り込むことになったのです。


                              (続く)


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2011sm.htm#20110816


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ボランティアに行こうと思う。 2011年
7月5日(火)




職場で、ふと目にした一枚の張り紙。





連合(日本総労働組合連合会)が取り組んでいるという
震災被災地のボランティアの募集です。


岩手、宮城、福島の被災地数か所に連合がボランティア拠点を
作り、傘下の組合員を東京からバスで送り込んでいます。


期間は日曜出発の土曜朝帰着の一週間。実働5日間です。

宿泊は、連合が用意した公民館や学校などでの雑魚寝。

食事は、自費。
しかも現地の宿泊所で業者が用意したものを食べると
いうことですから、たぶん弁当かそれに毛が生えたレベルでしょう。

さらに冊子には「暖房完備」とありましたから、
間違いなく冷房はなさそうです。


だからこそ行きたいと思います。

私のようなまったくの素人は、ボランティアをしたいと思っても
どこから手を付け、何をしていいのかわかりません。
下手に行っても足手まといとゴクツブシになるくらいなら
行かない方がまし。


しかし、こうした組織の一員として行けるのであれば、
たった一週間の短期であっても、少しは役に立てるはず。

それに、被害を受けた人々に少しでも心が寄り添えるはずです。


幸い、この半年間ほとんど休めずに働き続けた結果、
要求できる休みは山のようにあります。


周囲の理解が得られるならば、24日から行ってみようと思います。




この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2011sm.htm#20110705


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卑劣がまかり通る世の中に。 2011年
6月28日(火)




失政を重ね、一度は辞めると言った首相が、
いつまでもその地位にしがみつく。

通信自由化を謳い、時代の寵児を気取っていた起業家が、
政権にすり寄って政商となり、卑怯な手で競合他社を陥れる。


こんな卑劣な連中がまかり通る世の中に、
日本はいつからなってしまったのでしょうか。


ペテンと呼ばれ、与党からも吊るし上げを食いながら
なお首相の座にしがみつく菅直人。

ウソの辞任表明で民主党の仲間をだまして不信任決議を否決したとたん、
「時期を明示してない」と態度を豹変させてあからさまに延命をはかる
その浅ましさ、卑劣さの前に、もはやまともに相手にしようという国民は
いなくなりました。


一方で、本気でやる気があるのか疑問の太陽光発電会社を設立するなど、
民主党お抱えの政商としての振る舞いが一層目障りになってきた孫正義。

「光の道」と称する“構想”は、NTTが長い時間と費用をかけて
全国に敷設してきた光ファイバー網に単にタダ乗りしようというだけのもの。

携帯電話端末と通信回線の関係を自由にするSIMロックフリーについても、
自社の貧弱な回線からdocomoに客が流れるのを恐れて拒否を続けながら、
すでにSIMロックを解除したdocomo端末がSoftBank回線で使えるようにする
SIMカードは発売するというのですから、その卑劣さは見下げ果てたものです。


こんな卑劣がまかり通る世の中で、将来の展望すら開けない多くの国民は
そのやり場のない怒りを、どす黒いエネルギーとしてため込んでしまっている
ようです。


戦前、二・二六事件などのクーデターが頻発したとき、当時の国民のなかには
むしろ歓迎する空気すらあったといいます。


もしかしたらそのときの世の中の空気って、こんなものだったのでしょうか。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2011sm.htm#20110628


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サーロインよりサイコロ。 2011年
6月26日(日)




渋谷の、とあるビルの地下にあるレストラン。

その店先に、出前もしてくれる弁当のチラシが置いてありました。




ずいぶん高い弁当もあるもんだ…と、よく見ると
「サイコロステーキ弁当 4,000円」。

この突出ぶりが目を引きました。

しかもサイコロステーキといえば、私の認識では端切れや
集成肉といった、むしろ高級でない肉を寄せ集めて
焼いたイメージ。


ところが隣の「サーロインステーキ弁当 1,900円」に対し、
なんと2倍以上の価格です。



4,000円もするサイコロステーキ弁当。

いったいどんな内容なのでしょうか。

一度ぜひ見てみたい気がします。



どなたか試してみて、写真と感想を送ってください。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2011sm.htm#20110626


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