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土下座してない。 2009年
8月11日(火)



東芝はきのう(10日)、ブルーレイ・ディスク・アソシエーション(BDA)に
加入すると発表しました。(プレスリリース)

つまり、東芝がブルーレイディスク(BD)の軍門に下り、早ければ年内にも
BDプレーヤーやBDドライブ内臓のパソコンを製造・販売するということ。

こうして 2002年から続いてきた次世代DVD規格競争は、
東芝の完全敗北という形で終焉を迎えました。


そもそも、ソニー・松下(パナソニック)連合を相手に規格戦争をしかけたことが
無謀であり、客観的に見れば最初から結末がわかっていたこの戦い。

かつてのVHS対ベータのように、ソフト(録画テープ)が各家庭に蓄積されて
からの決着ではなく、普及の初期において雌雄が決したことは
歓迎すべきことです。



しかし、これでめでたしめでたし、としていいものでしょうか。


ここで、忘れてはいけないことがあります。

東芝でHD-DVD開発を陣頭指揮してきた藤井美英執行役上席常務
2006年3月、最初のHD-DVDプレーヤーを発売したとき、
こう大見得を切っています。


「BDの方が規格として優れている可能性がないわけではない。
 そのときには土下座して謝りたい。」
(NIKKEI NET 2006年3月31日)


この“宣言”からわずか2年後。
東芝はHD-DVDから撤退してしまいます。

普及の初期だったとはいえ、HD-DVDを購入した消費者は累計で
数十万人に及びます。東芝を信じた彼らは、突然の撤退に裏切られ、
捨てられたのです。


その彼らに、藤井常務は謝っていません。


もちろん土下座もしていません。


べつにHD-DVDを購入したわけでもない私が、
彼に土下座を強要しようなどとは思っていません。



しかし、男が “負けたら土下座する” と、一世一代の大見得を切ったのです。

男として、ちゃんと落とし前をつけるべきではないかと思います。



もちろん、そのときに「規格としては劣っていなかった、ただ…。」
なんて言い訳が通用するはずのないことは彼もわかっていると思います。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090811


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みんな のりピーが好きだった。 2009年
8月9日(日)



失踪から逃亡、そして逮捕へ。


今回の“酒井法子覚醒剤騒動”で最も強く感じたのは、
こんなにも多くの男たちがのりピーを好きだったのか、という驚きです。


のりピー絶体絶命の危機に直面してはじめて
職場でも、友人関係でも、そしてメディアでも、
我もわれもという感じで、男たちが一斉に
のりピーのファンであることを熱く語り始めました。


その光景が示すのは逆に、いかに多くの男たちが
のりピーのファンであることをこれまで隠し続けてきたかということ。

そりゃあそうでしょう、「うれピー」「いただきマンモス」などとしゃべる
すっとんきょうな女の子が好きだなんて周囲に知れたら、
それこそ変態扱いとまではいかないまでも
白い目で見られることは確実。

これまで地下に潜伏し、密かにファンを続けていた彼らは、
のりピー絶体絶命の危機にようやくカミングアウトし、
表舞台に現れることができたのです。





写真は、JR九州が発売したオレンジカード。

のりピーは、まだ発足間もないJR九州のイメージガールとして、
たくさんのオレンジカードになりました。

当時ののりピーはまだまだアイドル。
かなりの数のカードが飛ぶように売れ、しかも使われないまま
保管されたでしょうから、JR九州の財政にはかなり貢献したはずです。


ふと気がつくと、私の机の中からこれらのオレンジカードが
たくさん出てきました。

今回の事件によってカミングアウトした男たちに、
高く売りつけることはできないでしょうかねぇ。


              (実は数年前に一度、Yahoo!オークションに出して売れませんでした…。)



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090809


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皆既日食観察記 その4。(その1から読むときはこちら。) 2009年
8月8日(土)



皆既日食で初めて見えたコロナ。



周囲に白く輝くコロナは、思ったよりはるかに小さいものでした。

現在、太陽の活動が史上まれに見るほど弱まっているとされます。
このままでは地球温暖化どころか小氷期(ミニ氷河期)に
入ってしまうのでは、と予測する科学者もいます。


さて、皆既日食の間、周囲はどうなっていたでしょうか。



おがさわら丸から見える、周囲すべての水平線が
朝焼けのように赤く染まってしまいました。




北硫黄島は闇に沈んでいます。



そして足もとは夜のような暗さ。
鏡のようにおだやかな、黒く沈んだ海が
かえって不気味なほど。

船の墓場に来たかのような、軽い恐怖すら覚えます。



今世紀最長と言われる、6分37秒の闇。
それはあまりにも長い闇でした。


そして11時30分16秒。



一点からこぼれ出るように、差しはじめた光。




それはみるみるうちに輝きを増していきます。

上の二枚の写真の間隔は6秒間。

音もなく降りそそぐ様がかえって不思議なほどの鋭い光の束です。




周囲は、あっというまに色彩を取り戻していました。



皆既日食を、一点の曇りもない状態で観察できた喜びと、
ふたたび太陽が“戻ってきてくれた”ことに対する安堵。

そのふたつの気持ちが入り交じった声が、デッキにあふれます。


おがさわら丸船長の京極精一さん(下の写真左)が、
操舵室屋上に招かれました。



皆既中心線への到達直前、前方に横たわる雲をさけるために
大胆なルート変更を決断した京極船長。
彼の英断がなかったら、ここまで完璧な観測ができたかどうか。

船上の皆が京極船長の英断を称え、熱い拍手を送りました。

上の写真で京極船長と固い握手を交わしているのは、
国立天文台准教授の縣秀彦さん。
おがさわら丸での日食観察を成功に導いた立役者といっていいでしょう。


あとで、このふたりの署名入りの航海図が配られました。



「2009.7.22 成功おめでとう!」の文字と
日食の各段階を観測した時間と場所の記録。

多くの人々にとっての宝物となることでしょう。







父島への帰途についたおがさわら丸。
デッキから見えたのは、何事もなかったかのように輝く太陽と、
鉛のようにたるみきった海でした。




父島が見えてきました。




二見湾に入った我々を迎えてくれたのは、大きな虹でした。



海面から直接立ち上がる虹、というものを初めて見ました。

皆既日食の上に虹まで見られるなんて、なんという幸運。



午後6時、おがさわら丸は父島二見港に接岸。

こうして皆既日食ツアーの長い長い一日は終わりました。


“皆既日食を見ると人生が変わる”といいます。

私の人生はどんな影響を受けるのでしょうか。
ちょっとだけ楽しみです。

                                  (終わり)

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090808


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皆既日食観察記 その3。 2009年
8月6日(木)



太陽が欠けていく、ということはどういうことなのか。



皆既日食の瞬間までは、肉眼で見る限り
太陽に何が起こっているのかはわかりません。

これは、あまりの光の強さで形を識別できないためです。


しかし、日食グラスなどのフィルターを通して見ると
大きく欠けている太陽の姿が。




この形を肉眼で見る方法は、木もれ日。

左右の手の指を組んで日影を作ってみると、
木もれ日と同様に太陽の形が投射されます。



小さな穴を通った光は、三日月形をしています。


おがさわら丸の船上では、こんな実験をする人々もいました。



小さな穴を多数あけた薄手の板を太陽に当て、
通り抜ける光で文字を作ります。



文字を構成するひとつひとつの光の点が、三日月型に。




レンズ内の映り込み(フレア)も三日月形なのは新発見でした。


そしていよいよ皆既に入る瞬間。





まず、金星が姿を現しはじめます。



上の写真の左から4分の1の部分にある小さな点が金星です。。


そして水平線には影が忍び寄ってきます。



西の水平線の空がみるみる赤くなっていきます。




北硫黄島も朝焼けのような空に包まれます。



そして皆既日食が始まる瞬間。



みるみるうちに空が黒くなり、太陽の光が弱くなっていきます。
それはまるで、太陽がしぼんでいくかのよう。



その光の中に、黒い陰影が現れます。

月です。



昔の人々が「太陽が食べられていく」と表現した光景。

急速に輝きを失い、力を奪われていく太陽に対して、
我々地上の生き物はただただ力なく見守るしかありません。




消える瞬間にもダイヤモンドリングはあるなずなのですが、
興奮していたためか、ちゃんと見た記憶がありません。

急速に暗くなっていくことに対する目の慣れの問題もあったのでしょう。





完全に隠れた太陽。

6分30秒以上続く、暗黒の太陽です。


                                  (つづく)


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090806


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皆既日食観察記 その2。 2009年
8月4日(火)



そもそも、皆既日食とはどう見えてくるのか。


まずは以下の連続写真を見てもらいましょう。



9時49分ごろ撮影。第一接触(欠けはじめ)の前です。
ちょうど皆既帯の中心線に到達し、進路を左に取り始めたときの写真です。




11時01分ごろ。
人間の目では若干暗くなったかな、という感じですが
このとき太陽はすでに大きく三日月形に欠けてしまっています。

なのにさほど暗さを感じないのは、ゆっくりと連続的に暗くなって
いくために気づきにくいのと、人間の目が明るさを補正するため。
人間の目の優秀さをあらためて感じます。



そして11時22分ごろ。皆既日食の直前です。
蛍光灯で照らしたかのような、不自然な光の差しかたを感じます。




そして11時26分。皆既日食中のデッキです。

水平線の付近が赤く染まり、日の出前のような色になっています。


では、この上でどう見えているのか。
同時刻に撮った動画を見てください。



真っ暗になった天頂に輝く暗黒の太陽。

昔の人々がこれを見て「この世の終わり」だと思ったのも
まったく不思議ではない、身震いするほどの異様な光景。

私自身、思わず「うぉぉぉ~っ」と叫んでしまったほどでした。


次は暗黒の太陽のアップを。




この目で実際に見るリングの光はもっともっと鋭く、
光そのものが尖っているかのような感じ。
映像用語で言うと、輝度のピークが突き抜けています。



ハイビジョンだろうと一眼レフのデジカメだろうと、
この光の鋭さだけは再現できまい、というばかりの光景。

「皆既日食を見ると人生観が変わる」と言われるのは
この、この世のものとは思えない光景の向こう側に、
“神”の存在を感じ取るひとがいるからなのでしょう。


                            (つづく)

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090804


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皆既日食観察記 その1。 2009年
7月29日(水)





今回、皆既日食が見られたのは、
単に運がよかったからだけではない気がします。



下の図は、今回のおがさわら丸の航行予定図。




父島を午前4時に出港し、一路皆既日食帯の中心線へ向かいます。

正直、わざわざ皆既日食帯のど真ん中まで行って、
月の影を追うように航行するとは知りませんでした。
なんともまた、貪欲な航海です。


今回の日食では、おがさわら丸以外にもホエールウォッチング船や
チャーターした漁船、それに父島-母島間の定期船ははじま丸まで、
たくさんの船が小笠原から出港し、皆既日食帯を目指しました。

ところが、実際に皆既帯の中心線にたどり着けるのは
おがさわら丸だけ。



というのも、外洋航海の船であるおがさわら丸以外の船は、
沿岸から20海里(約37km)以内しか航行してはいけないという
規制がかかるため、母島の南の皆既日食帯すれすれの
場所までしか行けないのです。


おがさわら丸が目指したのは、北硫黄島の北の海域。



写真の奥のほうに見えるのが北硫黄島です。

海面は鏡のようなベタ凪。



数日前、小笠原漁業の重鎮とも言うべきひとと話したとき、
夏のこの海域はベタ凪が多いですよ、とのことでしたが
それにしても気味が悪いほどの静まりよう。

船はほどんど揺れず、滑るように海面を進んでいきます。

船の上の日食観察というと、揺れてまともに見られないんじゃないかと
思っていましたが、これだけ大きな船(長さ130m)で海況に恵まれれば
地上と遜色のない快適な観察ができるものだと知りました。


ところが。



北硫黄島に近づくにつれ、少し雲が出てきます。

我々と北硫黄島の間に横たわるように、
また船の周囲を取り囲むように雲の帯が見えてきました。



ちょっと不安になってきます。


ここで船内アナウンスがありました。

この雲がちょうど日食の中心線付近にあるため観察の支障になりかねないこと。
そのため船長の判断でこの雲をよけるために、進路を西側に変更するとのことです。


のちに発表された航路図で見ると、こういうルートです。



第1ポイントで進路を西に取り、予定よりも西の第2ポイントで
中心線に乗ります。

進路を大きく右にとったおがさわら丸から、
北硫黄島は左に見えるようになりました。




そして9時55分、おがさわら丸は皆既日食帯の中心線に到達。




進路を大きく南東に変え、中心線に沿って走り始めたのです。


                                 (つづく)


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090729


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皆既日食を見てきました。 2009年
7月26日(日)



小笠原諸島・北硫黄島の北の海で、皆既日食を見てきました。




5泊6日のうち、船の中にいたのは計71時間。
すさまじくハードな旅でした。




写真は、私が撮ったダイヤモンドリング。

いつものコンパクトカメラを使い、気合で撮ってきました。



この皆既日食の旅、同時進行での記録を
私のブログに載せています。


「ぶろぐ☆渋谷とっておき!!」
http://totteoki.no.coocan.jp/blog/



詳しくはこちらにどうぞ。


もちろん、この場でもまとまったものを報告していきます。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090726


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蒙古が渋谷に。 2009年
7月17日(金)



きょう、こんな看板を見つけました。



蒙古タンメン中本が、渋谷に進出するというのです。

場所は渋東シネタワー地下2階。

あすの7月18日(土)オープンとのこと。


実際の店を見に行くと…。



ほんとにあした開業できるの?と言いたくなるような状態。



どの程度の成功を収められるか、ちょっと見ものですね。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090717


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3年後にあるじゃん。 2009年
7月1日(水)



さあ、今月は皆既日食で大騒ぎです。


                                    国立天文台HPより

鹿児島県トカラ列島周辺や小笠原諸島硫黄島などで見られる皆既日食は
「今世紀最大」「陸地で見られるのは46年ぶり」などと大騒ぎ。

トカラ列島への日食ツアーは近畿日本ツーリストが独占してぼったくり。
小笠原諸島へ向かう「おがさわら丸」は完全満席で1,000人を満載して
島に向かうなど、日食が見られる各地では大騒ぎの様相。



ところが、隠されている事実があります。



実は、3年後の2012年5月21日に
東京のど真ん中で金環食が見られるということ。



上の図は、その金環食が見られるエリアを示したものですが、
鹿児島から大阪、名古屋、東京、東北地方南部にいたる
広範囲にわたっています。



中心食帯のど真ん中が東京を貫き、最も長い時間見ることができるというのです。


もちろん、皆既日食と金環食は違いますが、
神秘の天体ショーが3年待てば東京で見られると知ってしまうと
なあんだ、という気がしてしまいますね。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090701


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真っ赤な三日月。 2009年
6月28日(日)



おととい(26日)の月は独特でした。



真っ赤なのです。



調べてみると、この日は月齢 3.3 のまさに三日月。

幻想的ではありますが、ちょっと不気味な三日月でしたね。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2009sm.htm#20090628


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