哀れむ心の哀れさ。 2005年
6月 22日(水)



勝手に哀れんでくれる連中、というのがいる。


同期に比べて出世がどうだとか、現在の職場環境がどうだとか、
一方的に他人と比較しては、勝手に哀れんで慰めの視線を送ってくれる。
まあ、一種のおせっかい。


しかし外側からどう見えようと、幸福かどうかを決めるのは
その人間の内面、心でしかない。




ゲーテはその詩のなかで、私たちにこう語りかけた。



君はどこまでもさすらう気か。
見よ、よきものは足下にある。
ただ幸福をしっかと掴むことを学びたまえ、
幸福はいたるところにあるのだから。
「いましめ」手塚富雄訳「ゲーテ詩集」角川文庫より




私はいま、私の作り出すモノに誇りを持ち、自信に満ちあふれている。
現場で“自分のモノ”を作り出せる毎日が、楽しくてしょうがない。
プライベートな部分でもまた、楽しみとやすらぎに満ちている。



勝手に哀れもうとする連中は結局、
“自分より下の存在”を探しているにすぎない。
他人に一方的にレッテルを貼っては自分を慰めているだけなのだ。


彼らの内面の、荒涼とした風景こそが、まさに哀れだ。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050622


感想はこちら

トップに戻る



もてなしの担々麺。 2005年
6月 20日(月)


最近、カップ麺の世界は担々麺ブーム。

コンビニで見つけました。



「もてなしの担々麺」。



ひとの家に行って、こんなのでもてなされたら暴れる


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050620


感想はこちら

トップに戻る



ネットの中に生きる。 2005年
6月 19日(日)



「平成虎の穴」というホームページがあります。



アニメ「タイガーマスク」の熱狂的なファンであり、
大手コンピュータ会社勤務のサラリーマンでもある筆者が、
タイガーマスクへの愛を惜しみなく注ぎ、作り上げた個人のページ。

昭和44年から2年間にわたって放映された全105話のストーリーはもとより、
その登場人物の解説から次回予告のナレーション原稿まで
タイガーマスクに関するありとあらゆる情報がぎっしりと詰め込まれています。

これを読みさえすればタイガーマスクのすべてがわかるどころか、
それまでタイガーマスクに興味がなかった人をもファンにしてしまうほど。
彼を中心にたくさんのタイガーマスクファンが交流し、たくさんのオフ会が開かれました。

彼はネットという力を得て、仕事とは別の新しい人生を切り開いたのです。



しかしこの「平成虎の穴」、2002年8月を最後に更新が止まってしまいます。



彼は、クモ膜下出血で亡くなりました。
37歳の若さでした。




いま、「平成虎の穴」は彼の妻によって維持されています。

更新はされませんが、46万を超えるヒット数は増え続けています。
いまも「平成虎の穴」を超えるサイトは出てきていません。
Googleで「タイガーマスク」を検索すれば
いまでもいちばんトップに出てくるのは「平成虎の穴」なのです。




彼はいまも、ネットの中に生き続けています。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050619


感想はこちら

トップに戻る



あえて残った人々。 2005年
6月 1日(木)



3年ほど前。
純粋に個人的な興味で、ある元日本兵を探しに行ったことがあります。


その男の名は、辻 政信


旧日本軍参謀で“作戦の神様”とまで呼ばれた男でしたが、1945年、敗戦を
バンコクで知った彼は、戦犯としての逮捕を逃れるため僧侶に扮装して脱出。
その後、現在のラオスの首都・ヴィエンチャン、サヴァナケット、ベトナムの古都フエ、
ハノイを経由して中国の重慶、南京に入り、1948年に日本に帰国しました。

「潜行三千里」

1950年、その逃避行を手記にまとめた「潜行三千里」という本を出版、
ベストセラーになると彼は、“戦争放棄の憲法を守り抜くため”と称して
衆議院議員に立候補して当選、さらに5年後には参議院議員になるという
破天荒な人生を歩みました。


その彼が、消えてしまったのが1961年のこと。


当時現職の参議院議員だった彼は、突如、南ベトナム(当時)の首都・
サイゴンなどを経てラオスに入り、北ベトナムのハノイを目指します。

一節によると、当時の池田勇人首相の密使として北ベトナムのホー・チ・ミンとの
極秘会談を画策していた、とも言われていますが、しかし当時のラオスは
内戦の真っ最中。
ヴィエンチャンからルアンパバーンへ向かう国道の検問に押し戻された
辻政信は、ここでも再び僧侶に変装してジャール平原に向かい、そこで
消息を絶ってしまいます。


不思議な石壺が並ぶジャール平原



以来、いろんな説が飛び交い、小説の題材にまでなった辻政信の
失踪事件ですが、その真相はいまだ謎に包まれたままです。


この、辻政信を探しに行こうと思ったのです。


2002年当時のラオスはようやく鎖国状態から脱し、日本人でも自由に
旅行できるようになっていました。もちろん、失踪から40年もたっての
捜索の旅は荒唐無稽ではありましたが、ラオスという国に興味を持ち、
いろいろと調べていたときに出会った辻政信という人物になぜか強く
惹かれてしまったのです。


シェンクアーンの空港 滑走路は砂利敷き



首都ヴィエンチャンからボロボロの中国製プロペラ機でシェンクアーンに飛び、
現地で出会った少数民族の若者に話を聞きながら、ジャール平原を
たどりました。

また名もなき村でトラックを改造したバスに乗り継いで9時間揺られ、
インドシナ戦争当時、アメリカ軍の秘密基地が置かれたサイソンボン
特別区にも足を伸ばしました。

しかし、当然といえば当然のこと、手がかりとなるものはありませんでした。


ところが、その足でベトナムに入ったとき、ダナンに住む友人から
ある情報がもたらされました。


“ダナンに元日本兵がいる”


辻政信が行こうとしたのは当時の北ベトナム。
ダナンはベトナム戦争(インドシナ戦争)で、最大の米軍基地が置かれ、
南北ベトナムの軍事境界線を目前にしていた場所。
辻政信がいたとしても不思議な場所ではありませんでした。


ところがよくよく話を聞いてみると、その男性の名は別人。
しかしたしかに元日本兵で、ベトナム人女性と結婚しずっとダナンに
暮らしているとのこと。
結局、その男性に会うことはできませんでしたが、元日本兵が
ベトナムに住んでいることに、大きな驚きをおぼえたものです。


そしてあとで調べてわかったことですが、太平洋戦争の敗戦後、
インドシナをはじめとする東南アジア各地に残った元日本兵は、
かなりの数にのぼったようです。


彼らの目的は、東南アジア各国の独立を助けることでした。


現地に残り、現地の人々に武器を与えて訓練し、植民地支配からの
脱却を助けたのです。
なかには北ベトナムでホー・チ・ミンに仕え、作戦を指南した男まで
いたといいます。


男たちのなかには、現地の女性と結婚し、家庭を築いた者も
いたでしょう。そのまま一生を現地で過ごす者がいたとしても、
何の不思議でもないことです。

                         ☆

いま、フィリピンで元日本兵が見つかっただの、
武装勢力に掴まっただのと騒いでいます。


もし仮にこの話が本当だったとして、小野田寛雄さんや
横井庄一さんのように、戦争が終わったことも知らずに60年間も
隠れていたのなら、それはすごい話でしょう。

しかし、そうでなかったらそれは単に
“日本に帰国しないことを自分で選んだ人”にすぎません。
先に書いたように、そんな人がいるのはある意味当たり前で、
騒ぐ方がバカなのです。


また、マスメディアの無知がさらけ出されることに
なってしまうのでしょうか。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050601


感想はこちら

トップに戻る



悲しすぎる男。 2005年
5月 31日(木)



友人が、行きずりの若い男とささいなことから口論になったときのこと。

その若い男は、聞かれもしないのに何回もこう言ったそうです。


“オレはM商事に勤めていて、ボーナスは10か月分出るんだ。
 文句あるか?”



はぁ?

ボーナスが何か月分あろうと、しょせんサラリーマンはサラリーマン。

それより、自分の仕事の内容で自慢することはないのでしょうか、
こいつには。


たとえば、“オレは自分の手で鉄鉱石を10万トン動かせるんだぜ”とか、
“オレは一機30億円もする戦闘機を売っているんだぜ”とか。
また、プライベートな部分だったら“ウチのヨメは三国一の美人だぜ”とか。


自分の仕事の内容を自慢できずに、ただボーナスの額(しかも月数)しか
自慢するものがないこの男って、滑稽を超えてあまりにも悲しい男です。


まあでも、不祥事続きのMブランドだし、こんなのしかいないんでしょうねぇ。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050531


感想はこちら

トップに戻る



なぜそこに。 2005年
5月 26日(木)



先日、学生時代の仲間と飲んでいたら、突如携帯が鳴った。


「あの、○○(私の会社)の近くにある△△という…」

「あ、結構です。」

相手が名乗り終わらないうちに、私は電話を切った。

また勧誘か。
そういえばきのう、わけのわからん証券会社から職場に電話がかかってきた。

あたかも仕事上の問い合わせのふりをして、電話を変わった瞬間、
「××証券ですが…」と聞いたこともない会社の名前。

「みんみん(♂)さんは証券会社に口座はお持ちですか?どうですか、成績は?」

さすがにブチ切れた。
仕事上の問い合わせを装ってかけてきておきながら、なにが成績はどうですか、だ。
「なんで見ず知らずのあんたに私のおカネの話をしなきゃいかんの?」と
徹底的に問い詰めて切ってやった。

それがきょうは携帯である。
どこまで失礼な連中なんだ。


そしたら、もう一回かかってきた。
なんてしつこいヤツらなんだ。

「しつこい。いったいなんなんです?」

「すみませんが、ちょっとお話を聞いてください。
うちは△△というバーをやっているんですが、
去年の11月28日、店内に一枚のメモリーカードが落ちていたんです。
それが、みんみん(♂)さんのものではないかと思い、こうして電話しているんです。」


たしかに、メモリーカードをいつからかなくしていた。

正確に言うと、メモリーカードアダプターである。



スマートメディア、SD、メモリースティック、マルチメディアカードの
4種類のメモリーカードすべてに対応する、PCカード型のアダプター。
これを使えば、ほとんどのデジカメ画像が読み込めるという便利なもので、
けっこう重宝していた。


しかし、いつも整理整頓などとは無縁の私は、いつからか
そのカードの姿が見えなくなったことを気にすることもなく日々を過ごしていた。
男は、どうもそのカードアダプターのことを言っているようなのである。

「私たちとしてはいつか取りにみえるだろうとずっと保管していたんですが、
もう半年近くになり、このままではどうしようもないということで、
申し訳ないんですがそのメモリーカードの画像を拝見させてもらいました。
そしたらその画像のなかに一枚、年賀状が写った写真がありまして、
それ以外には手がかりとなる写真はありませんでした。
そこでしかたなくその年賀状にあった Hさんという方に電話をしたところ、
みんみん(♂)さんではないか、ということで携帯の番号をおうかがいし、
こうしてお電話差し上げたわけです。」


アダプターには、予備のSDカードが差し込まれていた。

とくに、仕事でメモ代わりに撮ったデジカメ写真が収められていた。
年賀状も、仕事でのちに重要な役割を果たす素材として撮っておいたもの。


やっと話が見えてきた。
先ほど、いかに失礼な態度をとってしまったかを思い出し、顔に血が上ってくる。


「すみません、さっきはマンションの勧誘と勘違いしてしまい、大変失礼しました。
で、そのお店はどこですか?ああ、あのお店ですね、はい、場所はよく知っています。
先ほどは本当に失礼しました、申し訳ありませんでした…」


3日ほどたって、その店に行った。
渡されたのは、たしかにあのカードアダプターだった。
中のSDカードもまたいじられた様子はない。


しかし、どうしても解けない謎がある。



それは、なぜこの店にメモリーアダプターがあったのか




というのも私は、この店に一回も行ったことがないのである。




店の前の道は、私がよく通る道ではあるが、その店は地下にある。
道に落としたとしても、店内まで転がっていくとは考えにくい。

酔った勢いで3軒目くらいに行ったのかとも思ったが、
店内の光景に、記憶と合致するものはひとつもなかった。




じゃあ、いったい誰が。

そういえば。

このSDカードの画像のなかに、一枚の遺影があった。
第二次世界大戦で、家族を残したまま南太平洋で亡くなった方の、
たったひとつのこの世の名残り。


もしかして、このカードを盗んだ誰かが
この遺影を見て畏れを抱き、置いていったのだとしたら…。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050526a


感想はこちら

トップに戻る



盗用コラム。 2005年
5月 26日(木)



TBSのスポーツ局担当部長による盗用問題。


公式ホームページに掲載されたコラムが読売、朝日などの記事を
ほとんど書き写したものだったという、あの問題である。

しかし、盗用の善悪などもはや言うまでもないこと。
単に、バカな男がTBSにいたということであり、
そんな男を担当部長にしたTBSもたいした会社ではなかった、と
いうことでしかない。
そんなにぎゃあぎゃあ騒ぐほどのことではない気もする。


ところが、この事件について検索エンジンで調べてみると、
ブログではどこもかしこもこの話題でもちきりである。

トラックバックにトラックバック、引用に引用を重ね、
ああでもないこうでもないと延々と論じ続けている。


いったい、なぜそこまで彼らはこの盗用問題を騒ぎ立てるのだろうか。


…もしかして、ブログをやっている彼らは、どこか後ろめたいのだろうか。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050526


感想はこちら

トップに戻る



奪われた遊び場。 2005年
5月 25日(水)



すごく久しぶりに見た気がします。




道路で子どもたちが遊んだ跡。


ああ、こんなものあったあった、と喜んだのもつかの間。
こんなものを10年以上も見ていなかったことに気づき、
ちょっと背筋が寒くなる思いでした。


子どもが減ったからでしょうか、
自動車が増えたからでしょうか、
それとも、親が過保護になったせいでしょうか。


本来、子どもはいろんな遊びを作ります。
自分たちでルールを作り、それにしたがって競います。
それが創造性を育み、独創の芽となっていったはずです。

しかし道路ですら奪い取られ、遊ばなくなってしまった子どもたちは、
初歩の社会規範というものをどうやって学ぶというのでしょうか。



昔の写真を見てみると、
ラオスではビー玉で遊ぶ子どもたちの姿がありました。




この子たちの目は、日本の子どもよりもキラキラと輝いていました。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050525


感想はこちら

トップに戻る



ひとり相撲の国。 2005年
5月 23日(月)



来日していた中国の呉儀副首相がきょう午後、急に帰国した。


小泉純一郎首相や民主党の岡田克也代表との会談をドタキャンしてである。
国家指導者との会談を当日にキャンセルするなんて、異例中の異例、

理由は『国内における緊急の公務が生じたため』だと言う。


しかし、いったい誰がこんな理由を真に受けるというのだろうか。


そもそも呉副首相の来日は、日本経済新聞社の主催する
“アジアの未来”という国際シンポジウムへの出席が目的。
もちろん費用はすべて日本経済新聞社持ち


つまり、日本のカネで来ておきながらこの非礼ぶりである。


中国としては、急遽キャンセルすることで靖国問題に対する強い姿勢を示し、
日本の世論を小泉批判に向かわせようとしたのだろう。

しかし一部の親中国メディア以外、いったい誰が今回の行動を支持するというのだろう。


最近、中国はこうした“ひとり相撲”ばかりとっている。


先月の“反日デモ”も、もとは裏で糸引く立派な官製デモでありながら、
国際世論に北京五輪の開催を危ぶむ声が出た途端に制圧に回った。
しかしもともと自分で起こしたデモだけに、火消しは簡単。
まさにマッチポンプである。

反国家分裂法の制定にしても、アメリカをはじめとする国際世論の反発を受けたとたん、
国民党主席・連戦を本土に招き、“60年ぶりの国共合作”で融和ムードを演出してみせた。
しかし、しょせんこれだって総統戦2連敗で政治生命崖っぷちの連戦を手なずけて返しただけ。
すり寄る犬にエサを与えたようなものである。


ひとり相撲をする中国には、もはや誰もつきあえない。


いま、そんなくだらないひとり相撲につきあうのは、
陸続きの半島にあるかつての属国くらいのものである。


自分では大国になったつもりなのかもしれないが、最近の行動はあまりにも幼稚であり、
とてもとても国連安保理の常任理事国の資格があるとは思えない。


どうせ国連改革をやるのならば、中華人民共和国の
常任理事国としての資質を根本から問いなおすべきではないか。



そもそも、中華民国(台湾)の資格を横取りしただけのタナボタ常任理事国なのだから。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050523


感想はこちら

トップに戻る



同列なのか。 2005年
5月 16日(月)



JR西日本の脱線事故に関してのマスコミの騒動で、
もうひとつ、強い違和感を感じることがある。


それは、列車が衝突したマンションの住民を、
事故の被害者やその家族と同列に扱うこと。




たしかに、マンション住民にとってはいい迷惑だっただろう。


ある日突然、電車が猛スピードで自分の住むマンションに激突、
多数の死傷者が出る“現場”となってしまったわけだから、
そのショックはかなり大きいものだっただろう。

しかも、駐車場に置いていた車が破壊され、
住み慣れた部屋から追い出されて突然のホテル暮らし。

そして最大の“被害”は、あのマンションの資産価値が事実上ゼロになったこと。
実際にはマンションそのものの躯体(くたい:骨格)には影響がないにせよ、
あのマンションが悲惨な事故の“現場”として全国の人々に記憶されてしまった以上、
今後、買おうというひとが現れるはずもなく、資産としての価値はゼロとなった。
ローンを抱えて買ったマンションが、ある日突然価値を失ってしまうのでは
たしかにショックは大きすぎる。


しかし、彼らマンション住民はひとりとしてケガをしたわけではない。


しかも、すでにJR西日本はあのマンションを買い取り、今回の事故に対する
慰霊施設を作ることを表明している。
つまり、資産価値はすでにゼロではなく、事実上回復しているのである。

今後予想される展開は、築2年以上というあのマンションの“中古”としての
査定額に対して住民たちが反発し、新築時の価格での補償を求めること。
その差額を慰謝料としてどこまで埋めていくかが今後の交渉の中心となるだろう。
ある意味、マンション住民の問題は金銭的な部分に集約されつつある。


その彼らを、事故の被害者と同列に扱うのはいかがなものだろうか。


列車に乗っていて事故に遭い、死亡した107人の人々の無念さ。
家族を失い、経済的にも苦境に追い込まれる可能性もある遺族。
大けがを負い、障害や後遺症と一生つきあっていかねばならない人々。

その想像を絶する悲しみや苦しみ、やり場のない怒りに比べたら、
マンション住民という“被害者の声”は、それほどの紙面や映像を使って
伝えるべきものなのだろうか。


強い違和感を感じる。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050516


感想はこちら

トップに戻る



問うべきはなにか。 2005年
5月 6日(金)



ここまで来ると、もはや集団ヒステリーとも言うべき状況ではないか。

事故以来、百数十名にものぼるJR西日本の社員が
ボウリングだのゴルフだのをやっていたことを、
メディアは狂ったように糾弾しはじめている。


たしかに、不適切な行動だったかもしれない。
会社の体質に問題があったと言えるかもしれない。

でも、紙面や電波は、そんなことを糾弾するためにあるのか。


問うべきは、「なぜ事故が起こったのか」でしかない。

運転士のどのような操作が原因で事故が起こったのか。
事故の遠因となった社内体質とはなんだったのか。

亡くなった方々はもうどうやっても戻って来ない以上、
事故の原因を明らかにして、今後二度と同じような事故が
起きないようにすることしか、我々ができることはないではないか。

なぜ話をそらす。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050506


感想はこちら

トップに戻る



問題は軽量化ではない。 2005年
4月 26日(火)


そりゃあたしかに衝撃的だったでしょう。


電車がくの字に折れ曲がり、ぺしゃんこに潰れた映像は。


しかしそれを見て、ステンレスによる軽量化が問題だの、
車体の強度に関して法による規制がなかったことが問題だのと
すぐに騒ぎたてるメディアの態度はいかがなものかと思います。


とくにひどいのが毎日新聞。


新潟中越地震の際にも、上越新幹線の脱線を“重い車両だから転覆を免れた”などと
記事中に何の根拠も示さないまま勝手に決めつけたこのメディアは、
今回もまた、“背景に軽量化と混雑”との見出しであたかも軽量化が
原因のひとつであったかのように書き散らかしてしています。


たしかに、モノが軽くなればそれだけ飛んで行きやすい、と素人は単純に考えるでしょう。
しかし同時に軽量化は、カーブの際にかかる遠心力をもそれだけ減少させるのです。

さらに、ステンレス化によって軽量化されるのは主に上半分の客室部分です。
ですから、それだけ車両全体の重心は下がり、安定度は大きく増すのです。


これらの事実をとってみても、軽量化=脱線の原因などと
断定できるはずはありません。
決めつけもここまで来ると、ほとんど「なんとかの一つ覚え」であり、
この新聞社の知性と良識を疑わざるを得ません。個人的には。



そもそも、電車の車体の側面にまで強度を求めるのは、
旅客機の機体に墜落に耐えうる強度を求めるのと同じこと。

自動車のように、前後左右あらゆる方向からの衝突を
ある程度の高い可能性で考えなければならない乗り物と同じ考えを、
電車に当てはめようとすること自体が無謀なのです。

もし今回の電車が、脱線転覆しても原型をとどめるような強度を持っていたとしたら、
こんどはマンションのほうが倒壊するほどの被害を受けていたことでしょう。


それでもよかった、と誰が言えるというのでしょうか。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050426


感想はこちら

トップに戻る



先頭には乗るな。 2005年
4月 25日(月)


親しい人の父親が電車に乗る際、
子どもたちに口を酸っぱくして言っていた“家訓”があったそうです。


“絶対に先頭車両には乗るな”


その昔、父親の肉親が脱線事故で命を落としました。
以来、彼は絶対に先頭車両に乗らず、家族もまた乗せなかったといいます。


きょうのJR福知山線の脱線事故は、
その“家訓”の正しさを証明してしまいました。


車を運転する人なら、きっと経験があるでしょう。

うっかりスピードを上げたままカーブに差しかかったとき、
曲がりながら急ブレーキを踏むと予想以上に大きな横G(遠心力)がかかることを。

もちろん、軽々に憶測を口にしてはいけないのはわかっていますが、
私の経験と勘では、ここに事件の核心があるような気がします。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050425


感想はこちら

トップに戻る



どんな民宿? 2005年
4月 24日(日)


以前から、書こう書こうと思っていながら忘れていた話です。

                   ☆

去年2月末、九十九里浜に面した千葉県大網白里町の民宿が火事になりました。

民宿のちょうど目の前には消防署。
宿泊客らは消防署に駆け込み、火事を知らせます。
しかし、いくら叫んでもドアを叩いても、中から消防署員は飛び出してきません。

このとき、3人いた消防署員らは爆睡中。
交代で起きておく規則を破り、3人一緒に熟睡していたというのです。

3人が目を覚ましたのは、119番通報を受けた遠くの消防本部からの連絡。
それまで10分間もの間寝続け、彼らは出動が遅れてしまいました。
結果、民宿は隣の事務所も含めて全焼してしまったそうです。


しかし、このニュースを見ていちばん驚いたのは、次の一文でした。


>>消防本部によると、2月28日午前2時半ごろ、同町南今泉、
>>
民宿「斉藤畜産」から出火、民宿と隣の事務所が全焼した。
                                      
(共同通信の記事より引用)


民宿の名前が「斉藤畜産」だなんて、
泊まっている人の気分っていったい…。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050424


感想はこちら

トップに戻る



こんなところに金次郎。 2005年
4月 23日(土)


新宿区高田馬場の、ある賃貸マンションの入り口で見つけました。



二宮尊徳、いわゆる二宮金次郎の像です。

いまどき、小学校でもなかなかお目にかかれなくなった尊徳像ですが、
マンションの居住者に向けてなにを語ろうとしているのでしょうか。

そもそもこの尊徳像、どこから来たのでしょうか。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050423


感想はこちら

トップに戻る



朝日はいくら返すのか。 2005年
4月 19日(火)


週刊朝日の編集部が、武富士から「編集協力費」と称して
5,000万円ものカネを受け取っていた問題で、
朝日新聞社は社長以下関係者の処分を行うと発表しました。


【朝日新聞、週刊朝日編集協力費問題で社長らを処分】(日本経済新聞HP)


普段、正義だジャーナリズムだと偉そうに叫んでる裏で、
いわゆるサラ金から“表に出ない巨額のカネ”を受け取っていたのですから、
今回の事件は朝日新聞社だけでなく、雑誌業界全体にとっても
大きな痛手となることでしょう。
正直、この程度の処分でいいのか、と個人的には思います。


しかし気になったのはこの記事のなかの一文。

「受け取った5000万円は利息を付けて月内にも全額返済する」。


この“利息”とは、いったい年利何パーセントで計算するというのでしょうか。


やはりこれは、
武富士から受け取ったカネを武富士に返すのですから、
武富士の金利を適用するのがスジというものでしょう。



現在、武富士の金利は「即答ローン」が年利27.375%
カネを受け取ったのが1999年の秋ごろですから、すでに5年半の年月が過ぎています。

となると、朝日新聞社が返すべき金額は単純計算で

5000万円+5000万円×27.375%×5.5年=1億2528万1250円



…あらためて金利の凄さを実感してしまいました。


まさか、武富士のこの金利に苦しむ一般の人々をよそに、
朝日新聞社は自分だけ低い金利で済ましてもらおうなんて思っていないでしょうね。

この利息を付けてキッチリ払い、武富士に文句を言わせないようにしてこそ、
朝日新聞社は今回の事件にケリを付けられるというものです。


そしてこの“痛み”をエネルギーにして、これから消費者金融に
ペンの力で立ち向かってほしいものです。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050419


感想はこちら

トップに戻る



変わりつつある国。 2005年
4月 17日(日)



デモという名の“仕組まれた暴力”が吹き荒れる国・中国。


それはもはや尖閣諸島や教科書や常任理事国うんぬんが問題なのではなく、
中華思想の本質である覇権主義が姿を現しはじめたと考えるのが
適切な気がします。


ここ数年中国は、急速な経済発展とともに大国としての自信を深めてきました。

しかし、その姿は本物でしょうか。

実は、ここ数年の中国の経済発展は、ほとんどすべてが外資頼みでした。
日本をはじめとする先進国の企業が大量に進出し、
その工場で作られた製品の輸出で中国経済は成長を続けてきたにすぎません。

先進国の企業が中国に求めたのは、安い労働力でしかなかったのです。

正直なところ、中国は人口が多いから経済規模が大きく見えるだけで、
経済の実態としてはまだまだ貧しい国でしかありません。
先端技術もなく、教育水準も低く、著作権や特許の概念が存在しない国。
海賊版やコピー商品が平気で出回る、ある意味「無法の国」なのです。



そんな中国に吹き荒れるデモの映像を見ていて
ふと、ドラマ「ごくせん」のセリフを思い出しました。


「お前たち、自分ひとりで大きくなったような顔をするんじゃねぇ。」


不謹慎でしょうか。
でも、ほとんどの日本人にとって、正直な印象のような気がします。




たしかに以前なら、中国などがひとたび恫喝すれば
日本はすぐにひるんだことでしょう。


デモにおびえ、不買運動を恐れ、本来存在しない“罪”まで認め、
腰抜けの外務大臣は土下座して謝ったことでしょう。
領土などの難しい問題は曖昧な表現でさらに先送りし、
次の世代に押しつけるという愚を繰り返したことでしょう。



しかしいま、日本は変わりつつあります


正しいものは正しい、間違っているものは間違っていると
毅然とした態度で言える普通の国に。
過去を振り返り、謝るべきことは謝っても、国際社会の正義と国益を貫く国に。


きょう、町村外務大臣は今回のデモに関し、中国政府に対し
堂々と謝罪と補償を求めました。
13日、中川経済産業大臣は、東シナ海のガス田開発の試掘権の
許可手続きを始めました。
今夜、安倍幹事長代理は、2008年の北京五輪の開催に
大きな懸念を表明しました。


私たちが愛するのは、そういう国であってほしいと思います。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050417


感想はこちら

トップに戻る



まだあったのか。 2005年
4月 15日(金)


JR蒲田駅で見つけました。



E電

国鉄民営化に伴い、東京近郊の通勤路線を表す言葉・
「国電」を言い換えるために新たに作り出された言葉ですが、
アルファベット+漢字という組み合わせがあまりにも奇異であったため
だれひとりとして使うこともなく忘れ去られてしまいました。

国鉄民営化から18年。
まだ生き残っているとは夢にも思いませんでした。

ここまで来ると、この案内表示をいったい誰が残したのか、
教えてほしくなりますね。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050415


感想はこちら

トップに戻る



想定の範囲内? 2005年
4月 13日(火)


「渋谷とっておき!!」に組み込まれたアクセス解析ソフト。
いつ、どこからこのページを見ているのか、わかるようになっています。

そこで最近、“edge.co.jp”というドメインからのアクセスが記録されていました。

“edge.co.jp”は、あのライブドアのドメインです。(旧社名オン・ザ・エッジ)
ライブドア社内から、私のサイトを見に来てくれるひとがいたのです。
もしかしたら“平成のドン・キホーテ”堀江貴文社長が、
当サイトのエイプリルフールの様子を見に来たのかもしれません。

                   ☆

きょう、ライブドアがフジテレビジョンとの間で、今月内の和解に向けて
交渉していることが、読売新聞のスクープによって明らかになりました。

【ライブドア、ニッポン放送株全株売却でフジと和解交渉】
 ニッポン放送の発行済み株式の過半を買い集め、フジテレビジョンとの
包括提携を目指していたライブドアとフジテレビの和解案が13日、明らかになった。
同放送株を全株、フジテレビ本体に売却したうえで、フジ側がライブドアへ
出資することなどが協議されている。ただ、交渉は今後、曲折も予想され、
早期に合意できるかどうかは微妙だ。ライブドアは当初、保有するニッポン放送株の
3分の1は売却せずに残す方針だった。株主総会で重要案件を拒否できる権利を
確保しておくことが狙い。しかし、フジテレビ側が全株買い取りにこだわった。
ライブドアはニッポン放送株1640万10株(発行済み株式の50.00003%に相当)を
平均6300円弱で買っているとみられる。和解協議では1株当たり約6500円、
合計1000億円以上での売却を求めているもよう。
(4/13 日本経済新聞HPより引用)

一連の記事によると、ライブドアはかなり追い込まれているようです。

そりゃあそうです。
1,000億円もの巨額の資金をつぎ込んで得られたのは、結局ラジオ局一社だけ。
フジテレビの支配権は握れず、「既存メディアとネットの融合」という提携交渉も
うまくいきませんでした。

平均6,300円で買ったニッポン放送の株式は下落し、すでに100億円もの
含み損をかかえています。さらにニッポン放送株の上場廃止でこれらの株が
紙クズ同然になってしまうのでは、ライブドアという企業の存続すら危うくなって
しまいます。

たぶんこのままライブドアは、辛うじてメンツを保てる水準である一株6,300円程度で
ニッポン放送株の売却を強いられ、名ばかりの提携と、フジテレビジョンによる
資本参加を受け入れて終わりとなることでしょう。

実際にはライブドアの完全敗北。
まあ、
想定の範囲内の結末でした。


しかし、今回の買収劇は、本当ならここまでこじれることはなかったかもしれません。

当初、堀江はニッポン放送株を単なるカネ儲けの手段としか
考えていなかったはずです。
つまり、単に時間外取引によってニッポン放送株を大量取得することで、
当時フジテレビによって行われていたTOB(株式公開買い付け)の価格を
引き上げさせ、利ざやを稼ぐ意図しかなかったはずです。

それがフジテレビ側の過剰ともいえる反応によって堀江も引っ込みがつかなくなります。

軽く脅しをかけるつもりで使った「支配」「メディアとネットの融合」などという言葉が
さらに問題をこじらせ、堀江はニッポン放送株をさらに買い進まざるを得なくなって
しまいます。

結局、1,000億円もの巨額の資金を費やして堀江が手にできたのは、
単なるラジオ局一社。
フジテレビの支配権はソフトバンク・インベストメントへの貸株によって消え、
残されたのは今どきタクシーの運転手くらいしか聞かないオールドメディアだけ。
とても価格に見合うものではありませんでした。
ライブドアの株価は下落し、財務は危機的状況に追い込まれることになりました。

永遠に続く錬金術など、この世に存在しなかったのです。

堀江にとって“名誉ある撤退”は、
せめて損をしない水準でのニッポン放送株の売却のみ。
しかしフジテレビにはいま、徹底的に足元を見られていることでしょう。
フジテレビによるライブドアへの資本参加も、見せ掛けの“提携”を演出するために
受け入れざるを得ないでしょう。立場は完全に逆になりました。


いずれ堀江は、大株主・フジテレビによって社長を解任され、
ライブドアから追われてしまうかもしれません。

                                           (敬称略)

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050413


感想はこちら

トップに戻る



きみどりいろの季節。 2005年
4月 11日(月)



予想通り、あっという間に散り始めました。



周囲のすべてを花びらで覆いつくして、桜の季節は過ぎていこうとしています。





そして、桜に目を奪われているあいだに、木々は芽吹き、
きみどり色の季節がはじまっていました。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050411


感想はこちら

トップに戻る



できすぎではないか。 2005年
4月 10日(日)


正直、まだ残っているとは思っていませんでした。

「今週、妻が浮気します」の掲示板のスレッド。


妻の浮気を知り、週末にほかの男と逢うことを知ってしまった男が
その後の対応について掲示板で相談するというもの。
「電車男」に続く、ネット発の小説として発売され、少し話題になりました。



しかしこのスレッド、美談とするにはあまりにも不自然ではないでしょうか。

まず第一に、妻の浮気の現場を取り押さえに行こうという男が、
ネットの掲示板なんかで軽々しく相談をしたりするだろうか、という疑問です。
この男は、言ってみれば妻に捨てられたのです。
その自分を、いくら匿名とはいえ天下にさらすことがありえるでしょうか。


さらに気になるのが、この男の文章の“軽さ”です。

私は仕事上、いろんなひとが書いた手紙や文章を読んできました。
文章を読めば、その人の性別やおおよその年齢はもちろんのこと、
その人のひととなりはほぼわかるようになったつもりです。

しかし、この男の文章には技巧的なうまさはあっても、
人間の内面からわき出てくるような“重さ”がありません。
ドロドロした憎しみや恨みの吐露がほとんどないのです。
文章は常に第三者的で評論家的。
まるでシッポを掴まれまい、と書いたプロの文章です。

さらに、アドバイスをくれた善意の人々にいちいち返事を書いていますが、
なぜかその文章からは相手してもらって嬉しい、という自己陶酔の匂いがします。

また、その返事がまた、その後の経過を説明する形式になっていますが、
これはドイツの文豪・ゲーテが「若きウェルテルの悩み」で始めた
書簡体、という小説の形式そのまま。

本当に妻に浮気され、修羅場をくぐった男が、
こんな呑気な文章を延々と書き綴っていられるのでしょうか。


そしてこの本、著者名は「GoAhead & Co.」。
“GoAhead”は彼のペンネームですが、“ & Co. ”は通常、会社につけられる言葉です。
これはいったい、何を意味するのでしょうか。


私には、この“男”の実在そのものが、はなはだ疑問に感じられてしまうのです。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050410


感想はこちら

トップに戻る



ストリップ劇場が…。 2005年
4月 9日(土)


あれ?ここはたしか…。

渋谷駅西口、横浜銀行の横から続く道を歩いていて、
小さな変化に気づきました。



かつてここにあったはずの、ストリップ劇場がなくなっているのです。


その名は「OS劇場」。
百軒店にある「道頓堀劇場」とならぶ、渋谷の二大ストリップ劇場でした。
それがいつの間にか消えていました。



見てみると、この劇場のあとに、カフェが入居しているようなのです。
いったいどんなカフェなのか、恐る恐る階段を上ってみることにしました。




階段を登り切ったところにぽっかりと待ち構えていた窓口。
チケット売り場だったんでしょう。




店内は、コンクリートの柱や梁がむき出し。
古い木の床もそのままのようです。


私なんか、
「いったいどこが舞台だったんだろう…、あそこが舞台だとすると…」なんて
ドキドキしながら見回しているのに、周囲の客はそんなことを気にする様子も
ありません。

もしかしたらみな、ここがストリップ劇場だったことを知らないのかも。




店内は、古い扇風機などが置かれ、
まるで時が止まったかのような演出。
建物の古さとイメージをリンクさせたのでしょう。


帰りがけ、ふと振り向いてみると、同じ建物にある
飲み屋の看板が目に飛び込んできました。




レーザーデスク…。

小さな“ィ”があとで書き込まれた跡があります。

やはりこの建物、時が止まっているようです…。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050409


感想はこちら

トップに戻る



これも桜。 2005年
4月 7日(木)


今年の桜です。



桜は、太い幹の根元の方に小さな枝が出て
花を咲かせることがあります。

上の方では、たくさんの花が一斉に咲き、そのボリュームで圧倒するなかで、
黒い幹を背景にぽつんと2、3輪。

こういう桜が好きです。

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050407


感想はこちら

トップに戻る



競走馬の終着駅。 2005年
4月 5日(火)


もうずいぶん昔のことになってしまいますが、
一時期、仕事で競馬に関わっていたことがあります。

競馬でメシを食っていた、といっても過言ではないほど関わっていました。
                          (馬券でメシを食っていたわけではない)

三冠馬・ナリタブライアン


そのときから、ずっと知りたいと思っていたことがありました。
それは、競馬関係者のほとんどが口をつぐむ現実。
誰も教えてくれない秘密です。


競走馬は、最後にどうなるのか


実は競馬というのは、最初からギャンブルだったわけではありません。
近代競馬の最大の目的は、“より強い馬を選び抜くこと”。
第二次世界大戦までの、かつて馬が兵器であった時代、
強い馬を持つことはまさに軍備であり、国策でありました。

それは明治以降の日本でも同じ。
戦前の日本ダービー優勝馬のほとんどは
天皇家の牧場である下総御料牧場(千葉県)と
三菱財閥の牧場である小岩井牧場(岩手県)の生産馬が占めていました。
軍に関わりの深いふたつの牧場が“より強い馬”を選び抜くために
覇を競い合っていたのです。


草食動物である馬にとって、強い馬の条件とは速く走れること。
虎やライオンなどの肉食動物に襲われても、最後まで生き残れるのは
速い馬だからです。

野生の馬の群れでは、速いオス馬がボスとなり、群れを率いていました。
ボスだけが群れのメス馬を独占し、その遺伝子が受け継がれることによって
より速い馬が生み出されてきました。
それが馬という種を守るために、神が与えたシステムだったのです。

競馬は、その野生のシステムを人間の手で行おうとしたもの。

レースをすることでより速い馬を選び抜き、その馬を種牡馬(しゅぼば)
いわゆる種馬にしてたくさんのメス馬に子どもを産ませ、
そのなかからさらにより速い馬を選び抜いていくという気の遠くなるような作業。
これこそが、200年以上にわたって行われてきた近代競馬の正体であり、
サラブレッドという完全なる人工動物の正体なのです。




ではこのシステムのなかで、敗れてしまった者はどうなっていくのでしょう。

メス馬の場合、レースでの成績が悪くても、その多くに別の役割が与えられます。
優秀な種牡馬の遺伝子を受け継いだ、優秀な子どもを産む、という役割です。
この役割があるために、多くのメス馬は北海道などの馬産地に戻り、
生き長らえることができるのです。


しかし、オス馬の場合はそうはいきません。
自分の子孫を残す権利があるのは、レースに勝ち続け、“選ばれし者”となった
ごく一部のオス馬だけ。
そのほかの“敗れ去りし者”の馬には、オスとしての役目はもうないのです。


その、“敗れ去りし者”のオス馬たちの終着駅が、なんと九州の福岡県、
久留米市のはずれの田んぼのなかにありました。




戦前から続く、馬の肥育牧場です。

一辺100メートル以上はあろうかという敷地には
大きな屋根の建物がいくつも建ち並んでいて、
なかではたくさんの馬が暮らしていました。

その数、およそ600頭。



これらの馬の多くが、かつて競馬場を走っていた競走馬です。
競争生活を終えて、ここにやってきたのです。


そして競走馬は、ここで数ヶ月を過ごします。

ハードなトレーニングを積み重ねてきた競走馬は、筋肉質。
すぐそのままでは肉質が硬いため、穀物の飼料を与えられ、
ふっくらとした体つきに改造されるのです。



よく、「馬刺しになるのは重種(おもしゅ)の農耕馬だけで
軽種(けいしゅ)のサラブレッドはならない」と言っている人がいますが、
そんなことはないとのこと。
たしかに重種のペルシュロンやブルトンといった馬は体重1トンあまりと
体格も大きく、肉質もよくて馬刺し向きなのですが、だからといって
サラブレッドが馬刺しにならないということはないそうです。

印象的だったのは、肥育場のサラブレッドたちが不思議と落ち着いていたこと。
競馬という厳しい淘汰の世界から離れ、トレーニングの毎日から解放され、
ほっとしているのかもしれません。



牧場のご主人にひとしきり話を聞いたあとで、
「バスの時間まで、ウチの店で待っていたらどうですか」と誘われました。



そこは、ご主人の奥さんが経営する、馬肉料理を出す居酒屋でした。

久留米には、焼き鳥というジャンルの中に
馬のホルモンを使ったメニューが数多くあります。

ダルム(大腸)、センポコ(大動脈)に加え、タンといえば馬の舌。
馬刺しだけではなく、内蔵までくまなく利用する文化があるのです。






あんなにかわいい馬を食べるなんて、許せない。

ときに、競馬ファンの女性を中心に、こうしたことを口にするひとが数多くいます。


しかし、私はその意見に賛成しません。

馬もやはり牛や豚と同じ家畜であり、馬産は農業にすぎないのです。
馬を食べていけないのなら、牛も豚も食べてはいけない、となぜ言わないのか。
ちなみに、フランスにも馬肉を食べる文化があります。

むしろ、馬を食肉として買い取り、利用するシステムがなければ、
末端の農家の収入は減り、馬の生産が成り立たなくなってしまいます。

馬を食べろ、とは言いませんが、馬を食べるな、という意見は
あまりにも競馬と馬産の実態に目を向けない暴論だと思います。


競馬場を駆け抜ける、たくさんの馬。
そのなかから速くて強いスターホースが生まれ、私たちの記憶に残ってきました。
しかしそれ以外のほとんどの馬は、一所懸命に走り続け、やがて去っていきます。


こんど馬肉を食することがあったら、彼らが生まれ育った青い芝の牧場、
歓声に包まれながら走り抜けた競馬場の光景などに
思いを馳せではいかがでしょう。

せつなく、ありがたく。

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050405


感想はこちら

トップに戻る



お粗末な開花予想。 2005年
4月 3日(日)


3月27日(日)、市ヶ谷の外堀の土手で、
こんな光景が見られました。



桜が一輪も咲いていない下での花見です。

日程を決めてしまった以上、決行せざるを得なかったのでしょうが、
それにしても寒々しいというか、あわれです。


しかし、今年の気象庁の開花予想はお粗末でした。

3月2日の発表では、東京の開花は3月30日と平年より2日遅れと
発表していたのですが、3月9日発表の予想では3月29日と1日前倒しになり、
さらに3月16日になって、開花は3月27日で平年より1日早くなる、と
発表してしまいます。


ところが、我々の体感では12月末からずっと断続的に寒い日が続いていて、
今年は桜は遅そうだな、と感じられていました。
平年より早く咲くなんて、とても信じられませんでした。

そして、実際に開花宣言を出したのは3月31日

そう、いちばん直近である16日の予想は4日もはずれてしまったのです。


なぜこんなに見事にはずしたのでしょうか。


調べてみると、そこには、開花の予想方式の変化があるようなのです。

昔、桜の開花予想は、標本となる木(東京では靖国神社のもの)から
つぼみを採取して、つぼみの重さと気温の変化から開花予想を出していました。
つまり、暖かくなってふくらんでいく、つぼみからのシグナルを直接読み取り、
考慮していたのです。


ところが、96年からはつぼみの採取は行われなくなり、
コンピューターによる計算だけになりました。


コンピューター、というとなにか高度な計算をしているように感じてしまいますが、
実はこの計算式、コンピューターとは名ばかりで実にお粗末極まりないもの。

東京を例にとると、単に2月15日を起算日として、平均気温15度の日を1日、
5度の日を0.3日、25度の日を3.3日と換算して足していくだけ。
これが合計19.6日になればその日に桜が開花する、というのです。

つまり、単なる足し算で、開花予想は計算されているのです。
(もちろん、予想平均気温の算出は高度でしょうが、それは別の予報業務です。)


それで4日もずれるのですから、
つまり、この計算式は間違っている可能性が高い、ということなのでしょう。


そもそも、つぼみという、自然からの確実なシグナルに目を向けずに、
電卓でできる計算式だけで出すような開花予想が、
どうして科学的だと呼べるのでしょうか。




先週の土曜日、渋谷の桜がやっと咲きました。



去年の桜は、異常に早く開花したのですが、その後寒さが戻ったことで
ずっと桜が咲き続け、長く楽しむことができました。

たぶん今年はその逆で、遅くなった分一気に暖かくなって
パアッと咲いてパアッと散ってしまうのでしょうね。

早くお花見に行かなきゃ。

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050403


感想はこちら

トップに戻る



よりによってまた。 2005年
3月 26日(土)


また当たってしまいました。




30日(水)の日本代表vsバーレーン戦のチケット。




W杯アジア最終予選の天王山となる一戦です。



しかし、よりによってまたこの日は仕事が…。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050326


感想はこちら

トップに戻る



そう来なくっちゃ。2005年
3月 24日(木)


新株予約権の発行差し止めを高裁で追認され、
八方塞がりになったかに見えたニッポン放送・フジテレビジョン陣営。

このままフジテレビはライブドアとの提携交渉に入る、との
憶測記事まで出るなかで、やっぱりやってくれました。


きょう夕方になってフジテレビ陣営は、ニッポン放送の持つフジテレビ株を
ソフトバンク・インベストメントに賃貸借すると発表しました。
先に大和証券SMBCに貸した分と合わせて、もはやニッポン放送には
フジテレビの議決権は一個も残らないことになります。
まさにいま、焦土作戦がはじまったのです。

しかもこの作戦、株を売るのではなく、“貸す”というのがミソ。
おカネを取って貸すだけで株そのものを売らない以上、
ニッポン放送の資産価値は変わらず、ライブドアは株主代表訴訟を
起こしにくい状況になります。


そう来なくっちゃ、おもしろくない。


フジサンケイグループにしてみれば、どうせ組むならポータルサイト最大手の
Yahoo!を持つソフトバンクグループと組みたいのは当たり前。
また、ソフトバンクグループは日本テレコムという通信会社をはじめ、
ADSL、光ファイバーなどの強固なブロードバンドインフラを持っています。
実際に“テレビとネットの融合”という社会的実験を行うに
ふさわしい相手だと言えます。

それに対し、ライブドアはそうしたインフラをほとんど持たず、
ポータルサイトですらしょせんYahoo!Japanのマネでしかありません。
堀江貴文氏の唱える“テレビとネットの融合”は「絵に描いた餅」に
すぎないのです。


そして、もうひとつ面白くなりそうなことがあります。


それはきょうの会見で、フジテレビ陣営が同時に発表した、
“メディア関連の新興企業に投資するベンチャーキャピタルファンド”
設立。

まさか、このベンチャーキャピタルがライブドアにTOB(株式公開買い付け)を
仕掛け、ライブドアを買収してしまうのではないでしょうねぇ、と
疑ってしまいたくなります。

もしそうならば、これぞ究極の“パックマンディフェンス”。


この戦い、さらに目が離せなくなりました。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050324


感想はこちら

トップに戻る



不可解な柱。2005年
3月 22日(火)


ウチの近所のマンションに、不可解な柱があります。



マンションの玄関脇に立つ、古代ギリシャ風の2本の柱。

しかし、よく見てもらえればわかりますが、これらの柱、
柱とは言っても何かを支えているわけではありません。

この柱が立っているのは、奥行き60cmほどの引っ込んだ部分。

単に設計上の都合で、空いてしまった空間をふさぐために
これらの柱を置いたのでしょうか。

それにしても浮きまくっています。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050322


感想はこちら

トップに戻る



駆ける駿馬。2005年
3月 21日(祝)


フィルムからCD-Rに画像を焼きつけてくれるサービスはご存じでしょうか。

先日、隣町のDPEショップがこのサービスの半額セールをやっていたので、
部屋にあったフィルム全部を持っていき、CD-Rに焼いてもらいました。
そしてできあがった画像を見ると、懐かしいのなんのって。

下の写真は、北海道日高地方で撮った牧場のひとコマです。



北海道には公私あわせて20回は行ったでしょうか。
門別町の“夢民村”というユースホステルにはのべ100泊はしたはずです。

しかし、最後に行ってからもう2年はたったでしょうか。
“第二の故郷”に、また行きたくなってしまいました。

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050321


感想はこちら

トップに戻る



待ち受ける関門。2005年
3月 16日(水)


きょう、ライブドアが議決権ベースでニッポン放送株式の50%以上を取得したとのこと。
                                (この情報はのちに誤報だったことが判明)

これによって、ライブドアはニッポン放送に対し過半数の取締役を送り込むことが
可能になり、経営権を掌握することになります。

正直、ライブドアにそこまでの資金があるとは思っていませんでした。
ライブドア社長・堀江貴文氏の執念には脱帽です。


しかし、堀江氏はこのあとどうするというのでしょうか。

まず、取得した株の価値の問題があります。
ライブドアが過半数を握ったということは、
その瞬間に時限爆弾のスイッチを押し、カウントダウンを始めてしまったようなもの。
ライブドア50%以上に対し、フジテレビジョンがTOBで取得した株は39.26%。(議決権ベース)

東京証券取引所では、上位10人までの株主が80%以上の株式を保有する場合、
一年間の猶予期間を置いて改善されないならば上場廃止となります。
この上場廃止規定については、テレビなどでもさんざん説明していました。

ところが、この上場廃止規定にはもう一段階上のものがあります。

もし上位10人までの株主が90%以上を保有する場合には、猶予期間なしに
監理ポストに入れられ、原則一か月以内に上場廃止されることになります。


現在ライブドアとフジテレビが持つ株の合計は少なくとも89.26%
いわゆる“村上ファンド”はすでにほとんどを売り抜け、莫大な“漁夫の利”を得たことが
明らかになりましたが、それでも数%の株を保有しています。
“村上ファンド”などがこのまま保有を続けた場合、即座に上場廃止が決まります。

以前にも書いたように、上場廃止となればその株は売買が困難になるわけですから
価格は一気に下落、場合によっては紙クズ同然になる可能性があります。
ライブドアの財務内容は一気に悪化しかねません。

これをどう乗り越えるかがまず第一の関門になるでしょう。


そして第二の関門は人心掌握です。

3月3日、ニッポン放送の役員を除くほとんどの社員217人が、
「社員一同」として「フジサンケイグループに残るという現経営陣の意思に賛同し、
ライブドアの経営参画に反対 します」とする声明を発表しました。

そしてこれを機会に、ニッポン放送の従業員は労働組合・管理職組合を結成、
堀江氏の支配に対して組織的抵抗をはかっていくことになります。

最悪の場合、従業員はストライキによって停波(放送停止)させることもでき、
さらにはそれを理由にした放送免許剥奪という“自爆テロ”も可能。

いったいどのような展開になるのか、まだまだ目が離せません。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050316a


感想はこちら

トップに戻る



インテリジェント踏切を。2005年
3月 16日(水)


いまどき、手動の踏切が残っているとは夢にも思いませんでした。
しかも東京に。

東武東上線、竹ノ塚駅のすぐ横の踏切で起こった2人死傷事故。


自動の踏切の場合、列車が一定の距離内に近づくとそれを検知して
警報機が鳴り、遮断機を下ろします。
しかし、踏切のすぐ手前に駅がある場合、一定の距離に近づき、遮断機が下りたあとに
列車が駅に停車するため、踏切を待つ人々は延々と待たされることになってしまいます。

この“無駄な時間”を少しでも減らすために、事故が起こった踏切では
手動を取り入れていたのでしょう。

しかし操作するのが人間である以上、今回のようなミスはどうしても排除できません。
今回の事故はある意味、起こるべくして起こった事故であり、
もし東武鉄道が今回の事故を操作員ひとりの責任にして事態を収拾しようとするならば
それは悪質な責任逃れと言われてもしかたないでしょう。


そもそも、あの踏切を手動にした原因は
“一定の距離に近づいて来たら遮断機を作動させる”という
自動踏切システムの驚くべき古さ・単純さでした。


先日、JR山陽本線でも、遮断機が上がったままの踏切を貨物列車が通過してしまうという
できごとがありましたが、これも踏切システムの単純さが原因です。

もし、近づいてくるのが普通列車なのか急行・特急列車なのかを区別して検知し、
さらにその区間の信号による速度規制情報、実際の通過速度などの情報によって
踏切までの到達時間を計算することができれば、
遮断機を下ろす時間はもっと短くでき、事故もまた防ぐことができるはずなのです。

そうした“インテリジェント踏切システム”を開発・導入せず、
安易に手動の踏切を運用し続けたことこそが
今回の事故における東武鉄道の最大の“過失”なのです。


単純なマスコミは、こういう事件が起こるとすぐにやれ高架化だ地下化だと騒ぎます。
しかし、莫大な費用がかかり、小田急線の複々線化ひとつとっても
ごく一部の住民のためにあれだけ手間取る状況のなかで、高架化・地下化は
即効薬とはなりません。

ひとりでも多くの命を救うためには、
一刻も早く踏切のインテリジェント化を進めるべきです。

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050316


感想はこちら

トップに戻る



進むも地獄、引くも地獄。2005年
3月 13日(日)


以前、この場所で書いた
“昔の堀江社長をよく知る、私の十年来の友人”と昨夜、久しぶりに話し込みました。

今回その“彼”は、テレビで流された堀江のインタビューの中に、
“堀江がいちばん聞かれたくない質問を受けたときの表情”を見たといいます。

それは、共同通信社が行い、テレビ局各社に配信したインタビューのなかで、
株の買い付け資金のことを尋ねたときのこと。

資金は足りているんでしょうか、という記者の質問に対し、
堀江がムッとした顔で“大丈夫ですってば”と質問をさえぎるように答えた
瞬間の表情に、“彼”は、かつて見たのと同じ“いちばん聞かれたくない質問を
受けたときの表情”を見たというのです。

やはり資金は足りていないのか---。


しかも、堀江がその危険な借金・800億円もの資金をつぎ込み、
どうにか過半数の株を握り、支配することになる対象は、AM放送という
“オールド・メディア”の雄・ニッポン放送です。

たとえ堀江の目的が、ニッポン放送が保有するフジテレビジョンの株などの
“含み資産”だったとしても、それはすぐに換金できる性格のものではありません。
普通の会社だったら、会社そのものを即時に清算してカネを手に入れることが
できても、放送法による許認可事業を即時清算したり、切り売りすることなど
できるはずがないのです。

では、はたして堀江は、どのようにして800億円の資金を回収するというのでしょうか。


進むも地獄、引くも地獄。

いまの堀江の状況をひとことで言うなら、これ以上の言葉はないのではないでしょうか。


                                              (敬称略)

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050313


感想はこちら

トップに戻る



ソニーの失われた10年。2005年
3月 9日(水)


遅まきながら、DVD&HDDレコーダーを買いました。



本当は、ブルーレイ vs HD DVD の勝敗が決するまで待っていようかと思ったの
ですが、いつまで待っても決まりそうにないのでしびれを切らしてしまいました。

しかし、地上デジタル放送が始まり、ハイビジョン放送がごく当たり前の存在に
なりつつあるというのに、ハイビジョンを録画するメディアが決まらないというのは
困ったものです。

買ったのはシャープの製品。

地上デジタル放送のチューナーを内蔵し、HDDにハイビジョン放送を録画できることが
最大の決め手になりました。
一方で、他社製品は地上波もBSもアナログチューナーのみのものがほとんど。
あと6年で現在のアナログ放送が終了するというのに、なんか無責任な気がします。


しかし、シャープ製品が我が家の敷居をまたぐなんて
昔なら絶対に考えられませんでした。


というのも、私は中学生の頃から筋金入りのソニー党。

小遣いで買った“ゴング55”というラジカセをはじめ、
FM/AMチューナーはデジタルシンセサイザー方式のさきがけ“ST-J75”
レコードプレーヤーは電子制御式アームの“バイオトレーサー”
ウォークマンは赤の“ウォークマンII”に初代インナーイヤーヘッドホン“NUDE”
バイトして買ったビデオはもちろん“ベータマックス”、CDプレーヤーは“ディスクマン”
会社に入って買ったワープロも3台続けてソニーの“プロデュース”
これまで5台買ったパソコンも2台目の初代“VAIO505”からすべてソニーです。

上の写真に写っているビデオデッキも、ソニー初のVHS機となる“SLV-R7”
去年、オーバーホールに出しヘッド交換までしたおかげで、
S-VHSの画質では最新型にまったく劣りません。


そうした、ほとんど「狂信的ソニー信者」とも言うべき私だったのですが、
しかし最近、ソニー製品でほしい、と思うものがほとんどなくなっていました。

なぜか。

ひとことで言うと、“さすがソニーだ!!!”と叫んでしまうような革新的な製品、
持っていることがステータスとなるような製品が、なくなってしまったのです。

それは、95年に出井伸之氏が社長に就任して以来のこと。

ネット事業や映画産業に傾斜するソニーに対し、
当初、株式市場やマスメディアは絶大な評価を下していました。
しかしその間、足元のエレクトロニクスで、明らかに技術力、
とくに独創性が失われていきました。

MDの成功にしがみつき、音声圧縮の独自規格に固執するあまり、
HDDや半導体メモリーを使ったオーディオ製品への進出が遅れ、
巨大な市場をアップルコンピュータにさらわれてしまいました。

トリニトロン方式ブラウン管の成功にすがり、その高い画質を絶対視するあまり、
平面薄型テレビへの進出が遅れ、いまや基幹部品である液晶やプラズマパネルを
韓国サムスンなど外部に頼っているありさまです。

プレイステーションの成功に酔うあまり、HDD&DVDレコーダーでは
当初、世間のイメージするものとはかなりズレた製品を出し、苦戦しました。

いま、ソニーならではの製品って、ほとんどなくなってしまっています。



一方で、かつては単なる電卓のメーカーであり、家電では弱小メーカーの
ひとつにすぎなかったシャープはいま、液晶技術を花開かせ、
最先端企業に位置づけられるまでになりました。

どう公平に見ても、いまのシャープはソニーよりも輝いています。


今回、ソニー凋落の“戦犯”出井氏が経営の第一線を退き、
会長は外国人、社長は技術畑の生え抜きに交代することになりました。
驚いたことに、次期社長と目されていた副社長・久多良木健氏も道連れに退任です。


“失われた10年”を経たソニーは、はたして復活できるでしょうか。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050309


感想はこちら

トップに戻る



勝敗は決した。2005年
3月 8日(火)


2月28日のこの欄で書いたように
フジテレビのニッポン放送株式のTOB(公開買い付け)は成功に終わりました。

保有比率で36.47%、議決権ベースでは39.26%という圧勝。
きのうのフジテレビ日枝久会長の会見は、事実上の勝利宣言と言ってもいいでしょう。


新聞やテレビでは、「新株発行予約権」の差し止めを求める
仮処分申請の行方によってはまだわからない、などと言っていますが
もうすでにフジテレビが議決権で約40%を握る大株主になり、
ライブドアとほぼ互角になってしまったのです。
もはや仮処分に対する東京地裁の決定はあまり影響を及ぼさないところまで
きてしまいました。


しかも上場廃止に向けた動きはフジテレビにさらに有利な状況を生み出します。

フジテレビとライブドアの2社が保有する株式は合わせて78%あまり。
さらに、いわゆる村上ファンド(M&Aコンサルティング)がいまも16.6%を保有しているとすると
上位三社を合わせた保有比率は94%超。
ニッポン放送株は上場廃止に向けて一気に動きだすことになり、
流動性を失った株式は紙クズ同然になる可能性が高いのです。

紙クズになる恐れが高まれば、村上ファンドもそのうち寝返り、
フジテレビに一株5,950円(TOB価格)以下で全株を売却せざるを得なくなるでしょう。


そうすればフジテレビの保有比率は55%超。
一気に逆転です。   (あくまで“村上ファンド”が現在も16.6%を保有しているという前提ですが)


そもそも、ライブドアによる今回の買収劇は資金的に無謀でした。

ニッポン放送の発行済み株式は3280万株。
この過半数を握ろうとすれば、必要な株数は単純計算で1640万株あまりになります。
つまり一株の単価を6,000円と控えめに見積もっても必要な資金は
6,000円×1,640万株= 984億円。

これに対し、ライブドアがリーマンブラザーズ証券から実質的に借りたカネは800億円。
そのほかの現預金を合わせたとしても、もう資金がショートするころです。

ライブドアは、きのう朝発表した「今後も株を買い進める」としていたプレスリリースを
あとになって訂正、この部分を削除しました。
もはや資金が続かなくなった表れでしょう。


万策つきた感のライブドアの堀江貴文社長。


策を弄する者は策に溺れる、という格言を地で行ったような今回の買収劇は、
もはや終わったも同然です。

この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050308


感想はこちら

トップに戻る



“一律カット”という名の弱いものイジメ。2005年
3月 3日(水)



きのう、こんなニュースが流れてきました。


【鳥取県智頭町、全職員の給与2割削減案を議会が可決】

 鳥取県智頭町議会は2日、特別職を除く全職員約160人の給与を1年間、
20%削減する町議提案の条例改正を賛成多数で可決した。
総務省は「聞いたことがない厳しい内容」としており、議員提案による
職員給与改正も異例という。
 同町議会は同日、議員18人の報酬を7月末の任期満了まで20%削減する
条例改正も可決。町によると、両方の条例改正で1年間で約1億2000万円の
経費削減になる。
 同町は15%削減で労使交渉を進めていた。織田洋町長は「交渉を無にする
ことになり残念」と話し、地方自治法に基づき、首長の拒否権に当たる再議権を
行使する考えを示した。
 智頭町は昨年7月、近隣自治体と合併しないことが決定。財政再建を迫られて
おり、提案した町議は「このままでは財政再建団体に転落する危機的状況。
踏み込まざるをえない」と説明し、採決結果は賛成11、反対6だった。
 町長ら特別職は昨年10月から報酬を20―30%削減している。
                                〔共同〕 (2005/3/2 17:43)


まったくもって愚かとしか言いようのない馬鹿議員たちです。

たぶん彼らの言い分は、“自分たちが議員報酬を20%削減するのだから
町の職員も同様に一律20%削減すべきだ”という程度のものなのでしょう。


しかし、議員報酬と町職員の給与では、もともとの金額が違います。


エンゲル係数、という言葉をご存じだと思いますが、
このエンゲル係数というのは、各世帯の総収入に占める食料費の割合を示すもので、
収入が少ないほど食料費の占める割合が大きくなる
(食費はなかなか削れないため)ことによって
実質的な収入の多い少ないや、ある国の経済発展の過程を論じるためのものです。

これは逆に言えば、収入が多ければ多いほど、食費以外の自由に使えるおカネが
累進的に増えるということ。
つまり、収入がたとえば1,2倍であっても、その世帯が自由に使えるおカネ
(つまり生活のゆとりの部分)は実際には1,5倍とか2倍になったりすることを
意味します。


そういうなかで、議員報酬が多い町議会議員と、相対的に低い町職員が
一律に賃金カットすれば、一般職の生活のほうがより苦しいものになるのは
明白。

もし仮に、町議の報酬が700万円だったとして、
町職員の給与が400万円だったとします。

一律20%削減した場合、それぞれの手元に残るお金はいくらでしょうか。

町議の手元には、それでも560万円が残ります。
しかし、町職員の給与は320万円しか残らないのです。

子どもの教育費や住宅ローンなど、すべての経費がこれまでの給与を前提に
設計されているなかで、いきなり20%も給与を削減されたのでは、
町職員の生活はいきなり破綻してしまいます。


しかも町議は、本来の職業を持っている場合がほとんど。
20%削減されたときの、生活に及ぼす影響が違いすぎるのです。


“一律カット”と言うと、みんなが平等に負担をしあうという
どこか美しいイメージがありますが、その実態は
所得の低い層に過度の負担を強いることになるだけの
“弱いものイジメ”でしかありません。


こんなことも理解できずに、“一律カット”を提案し、可決したこの町の議員たちの
知的水準を強く疑います。



この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050303a


感想はこちら

トップに戻る



麺喰王国の滅亡。2005年
3月 3日(水)



やっぱりこうなってしまいました。





開館したのが2003年の12月でしたから、
わずか1年3か月での破綻になります。

飲食店中心の雑居ビルのワンフロアだけという規模の小ささ、
店舗だけで他に何も楽しめるものがないという付加価値のなさ、
フロア設計の失敗による各店舗間の不公平さなど、
失敗の原因は数え上げればきりがないほどです。

しかし、やはり“ラーメン屋をたくさん集めればなんとかなるだろう”という
最初の企画そのものが安易すぎました。





「麺喰王国ファンド」なる、ほとんど償還の見込みすらなかったのでは、
と疑念を抱かせてしまいかねない集金システムでも話題を集めた麺喰王国。


ラーメンブームの終わりを象徴するかのような施設でした。


この文章へのリンク
http://www.totteoki.jp/negoto/negoto2005sp.htm#20050303


感想はこちら

トップに戻る