怒るべきは…。 2004年
5月24日(月)

なんでそこまで怒るのだろう---。

「家族会」の会見を見ていて、そう思った。

たしかに、小泉首相の今回の訪朝は、金正日の「罠」にはまった気がする。

私の個人的な憶測はこうだ。

北朝鮮は、功名心に走る山崎拓と平沢勝栄を北京に呼び出し、
拉致被害者の家族を返すと甘い言葉をささやいて小泉首相をおびき出した。

外交の常識では、国家指導者が一方的に他国を訪問し続けることは
国家間の序列を示す行為と認識される。
つまり、それは宗主国と植民地・属国との関係であり、「朝貢」である。

そうした外交の常識からはずれて二回目の訪朝を決断した小泉首相は、
その政治生命を賭けてでも拉致被害者の家族を連れて帰り、
一方で北朝鮮を国際社会に復帰させようとしたのだろう。

しかし訪朝を公式発表し、 いざ政府間で予備交渉を始めてみると
北朝鮮の提示してきた条件は異常に厳しいものだった。
「条件を呑まなければ被害者家族は一人も返さない」といったゼロ・サムの選択を迫った。

もし条件を呑まなければ、せっかく訪朝をしても
拉致被害者やその家族をひとりも連れて帰れないことになりかねない。

日本側は食糧援助などの条件を呑まざるを得ず、
ジェンキンス氏すら説得できずに帰らざるを得なかった---。

もし、この憶測が正しいのであれば、
今回の小泉訪朝はいささか迂闊だったと言わざるを得ない。


しかし、それでも蓮池さん、地村さんの子どもたち5人が日本に来て
両親と再会し、曽我さん一家も第三国での面会が実現する見込みとなった。
消息不明の10名についても、これまでの調査結果が白紙撤回され
再び調査が始まることになった。
そして、これまで北朝鮮に残してきた子どもたちの安否を気遣って
固く口を閉ざしてきた蓮池さん、地村さんの両夫妻が、
やっと北朝鮮内部の情報を明らかにできるようになったのである。

間違いなく事態は進展したのである。

社民党も共産党も、今回の訪朝に対しては一定の評価を下している。
否定的なのは、最近「何でも反対」になってしまった民主党だけである。


しかしその小泉首相に対し、罵詈雑言で迎えた「家族会」の態度は、
あまりにも常軌を逸したものではなかったか。

たしかに、長い間引き裂かれた家族に会いたい、
それがかなわないなら、せめて生きているという情報だけでもほしい、という気持ちは
我々の想像を超えた激しいものだろう。

しかし、その願いが今回叶わなかったからといって
怒りを向けるべき相手は小泉首相だったのだろうか。

拉致したのは北朝鮮である。返さないのも北朝鮮である。
そして今回、情報を示さなかったのも北朝鮮である。


外交は、国家と国家の暗闘である。
日本にとって、北朝鮮の本当の脅威が「核」である以上、
日本の外交は、拉致問題だけで動くものではない。

ましてやアメリカをも翻弄し続ける北朝鮮との交渉が
そんなに短時間に、簡単に進むはずもないことは
誰もがわかっていたはずではなかったか。


これまで「家族会」の人々は極めて理性的に行動してきた。
その、政治色のない理性的な行動ゆえに、
彼らは広範な人々の支持・支援を受けてきたのである。

しかし、今回のあまりに短絡的で直情的な「怒り」に対して、一般の多くの人々が
「家族会」の人々に強い違和感を感じてしまったのではないだろうか。


それはもしかしたら、イラク人質事件の家族に抱いたものと
似た感情になってしまうかもしれない。



そっくり? 2004年
5月12日(火)

【庇を貸して母屋を取られる】 (ひさしをかしておもやをとられる)
一部を貸したはずが、全部を取られてしまうことの例え。

民主党は、いままさにこの状態。
崩壊寸前だった自由党を“救済合併”してあげたはずが、
小沢一郎氏に代表就任を要請するようになってしまうとは。

その民主党の渦中にいる岡田克也幹事長。

誰かに似てると思っていたら、
「美味しんぼ」 の主人公・山岡士郎でした。

岡田克也幹事長
藤田憲一さん
山岡士郎
はるマモさん

ね、似てるでしょ?

確認はテレビでどうぞ。



自分には甘い男。 2004年
4月29日(木)

そもそも、そんなに騒ぐことだったんだろうか。

国民年金の未納問題。

たしかに、「国民皆保険」の制度上、
納めるべき人々の40%が納めてない現状は異常だし、
年金財政が危機に瀕していることも事実である。

しかし個人の側の視点で言えば、年金保険料を納めなければ
老後に自分が受け取る権利がなくなったり、
減額されたりするだけの「自己責任」の問題。
しょせん「アリとキリギリス」の寓話でしかない。

江角マキコが社会保険庁のCMに出演していながら
国民年金を納めてなかったというのは、しょせん笑い話の類
彼女が反省して、また保険料を払えばいいだけの話である。

しかし、そこからどう偏向して行ったのか
国民年金を支払っていなかった政治家に対しての
つるし上げとも言うべき騒動が始まってしまった。

次々と未納が明るみになり、陳謝する政治家たち。
きのうは、福田康夫官房長官や民主党の菅直人代表までもが
保険料を一時支払っていなかったことが判明、陳謝した。

しかし、みっともないのは菅直人氏である。

彼はこれまで、未納の人々を口汚く罵ってきた。
江角マキコを国会に参考人招致するように要求したのは菅直人氏であり、
先に未納が判明した閣僚三人を「未納三兄弟」と強く非難し、
閣僚辞任を迫ったのもほかならぬ菅直人氏自身である。

しかも、菅直人氏が未納だった期間は厚生大臣の在任中。
年金問題を所管する組織のトップが支払っていなかったという事実は、
ほかのどの政治家よりも重い。


しかし、菅直人の釈明は「大臣官房に任せていたから」
他人を散々非難した菅直人氏が、自分のときは他人のせいにして
言い逃れをしようとした。

他人には厳しく、自分には甘い男。

また、政治家に対する失望が広がってしまった。
その「自己責任」を、菅直人氏はまっとうすべきではないだろうか。



かわらないもの。 2004年
4月27日(火)

去年の暮れ、帰省のついでに足を伸ばした佐賀で
友人とひとしきり飲んだあと、一軒のラーメン屋に入った。

「幸陽軒」。



10年以上前、佐賀に赴任していたとき、
飲んでは最後の締めに必ず通っていた店。



スープに膜が張るような、脂ギトギトのトンコツラーメン。

飲みすぎていくとよく気分が悪くなるラーメンであったが、
それでも無性に食べたくなる味だった。

たしかこの店に来るのは10年ぶり。



ぬらぬらと光る丼のふちと、アルミの受け皿。



白っぽいふにゃふにゃの麺。

ボロいけれど手入れの行き届いた店も含め、すべてが変わっていなかった。

「ここ、10年ぶりに来たんですが、なんにも変わっていないですね。
 すばらしい。」

そう、思わず叫ぶようにして主人に声をかけると、
はにかむようにして喜んでくれた。


そしてきょう、目白にある一軒の店に入った。

ハンバーグ専門店「名帆里(なぽり)」。



学生時代、目白に住んでいた。

貧乏学生の一日の食費は千円ちょっと。
この店の「シチューハンバーグ」は当時、ちょっとした贅沢だった。



現在、単品で800円。当時もそのくらいだったような気がする。

当時からおじいさんだった店の主人は、
20年ちかくたってもやっぱりおじいさんだった。

不思議な気がした。

目先だけ変えては人を引きつけようとする軽薄な時代に、
ずっと同じものを出し続ける店がある。

変わらないことのすばらしさ。
かたくなに守り続けることの偉大さ。

そうした価値観を、あらためて知った気がする。



いなりずし。 2004年
4月25日(日)

 いま、日経のホームページのなかの「食べ物新日本奇行」
稲荷寿司が話題になっています。
稲荷寿司は三角か四角か、中のご飯に具は入っているかどうかなど
地域による違い、いわゆる「食の方言」を探っていこうというものです。

 そのなかで、東京出身の人から
“東京では稲荷寿司とは呼ばず、おいなりさんとしか呼ばない”
“おいなりさんは寿司の範疇に入らない”という意見がいくつかあり、
私としてはなんか違和感を覚えていました。

 そんなきのうのことです。

 東京の下町、浅草の北にある清川という町で
稲荷寿司の専門店を見つけました。



 看板にも堂々と「稲荷寿し」と書いてあります。

 この日はすぐ近くの玉姫稲荷神社で「コンコン靴市」という
お祭りが開かれていたため、お店も賑わっていました。

 店のおばあちゃんに聞くと、創業したのは60年以上前で、
そのときから「稲荷寿し」という名前で売っていたとのこと。



 見るからにおいしそうだったので、一人前を買って帰り
家で食べたのですが、しっとりとしてひとつひとつが大きく、
ちょっと濃いめの甘辛い味がとてもおいしくて、
すぐに平らげてしまいました。

 正直、稲荷寿司というと、就職してからは「緊急呼び出し」「泊まり込み」
「深夜勤務」
といったシチュエーションで出会うことが多いため、
“パブロフの犬”のように稲荷寿司まで嫌いになってしまっていました。

 しかし、この下町の稲荷寿司ならば、喜んで泊まり込みができそうです。

 その後、ネットで調べてみたのですが、
東京の下町には数多くの稲荷寿司の専門店があるようです。
もちろん、売っている商品の名前も、ほとんどが稲荷寿司。

 東京出身の方で「おいなりさん」としか呼ばない、というのは
それは単に、味噌汁のことを「おみおつけ」と呼ぶようなもので、
家庭内で丁寧に呼んでいるだけなのではないでしょうか。

 また、いなりずしを寿司とは認めない、と言う方がいるのも、
東京の場合、稲荷寿司や巻き物は和菓子の店でも
売っているからではないでしょうか。
 和菓子の店で、太巻きや稲荷寿司を一緒に扱うのは
東京周辺だけで、ほかの地域では見られない
ような気がします。
私自身も福岡から東京に出てきたとき、和菓子の店のショーケースに
稲荷寿司や太巻が鎮座しているのを見てびっくりしたことがあります。

 ですから、同じものであっても
△寿司屋で売っている = 稲荷寿司
△和菓子屋で売っている = いなり
という暗黙の区別があるのかもしれません。

 稲荷寿司ひとつとっても、“食の方言”はかなり大きいようですね。