幻の餃子。 2003年
8月28日(水)

きょう、「豪華ちゃんぽん」を食べました。

このちゃんぽん屋のチェーン、牛丼などの相次ぐ値下げに対抗すべく
数年前に値段を下げたのですが、どうもその際下げすぎたようです。
折をみて高価格商品を投入、客をそちらに誘導しようと必死なのです。
期間限定と称した「豪華ちゃんぽん」もそのひとつでしょう。

でも、そうした策略であることはわかっていたのですが、
その豪華ちゃんぽんを食べてみたくて、海の見える場所の店に
入りました。

頼んだのは豪華ちゃんぽんと餃子9個
私って、生まれつきのシャイな性格のためでしょうか、
単品で頼むことができず、ついついサイドオーダーをしてしまいます。

待つこと5分。
餃子がでてきました。

ぱくっ。

ひとつ食べてから気づきました。
餃子が6個しかなかったことに。
さっそく目の前のボタンを押します。

「あのぉ、餃子は9個で頼んだんですけど…。」

すると現場の責任者らしきおばさんが即座にこう言うのです。

「すみませんでした。
 では、またあらためて餃子9個を作り直します
 もう出てきた6個につきましてはサービスです。
 私たちのミスですから、餃子の分のお代は一切いただきません。」

…いや、その、あの。

単に餃子が3個足りないよ、と言いたかっただけなのに。

このままでは、先に出てきた6個に、新たに作る9個の
合計15個の餃子が出てきてしまいます。
いくら餃子が好きだとはいえ、15個は食えない…。
しまった、デジカメを持ってくるの忘れた。
餃子14個(15個−すでに食べた1個)が並ぶ
壮観な眺めを撮れば、なんとウケただろうに…。

私の脳裏には、15個の餃子をめぐる様々な妄想が渦巻いていました。

待つことさらに5分。

「申し訳ありませんでした。お待たせしました。」との声ともに
出てきたのは餃子4個だけでした。

「さきほど、係の者が餃子を3個入れ忘れた、とのことでしたので
 残りを焼いてきました。餃子の分のお代はいただきませんので。」

…おいおい。

さっきは9個を一皿追加するって言ってたじゃんか。(^◇^;)
しかも、追加で来たのが4個、というのはどういう意味やねん。
9個のを注文したのに6個を間違って出したのなら、その差は3個
1個はサービスのつもり?

別に15個食べたかったわけじゃないけど、
誘惑してその気にさせておいてソデにするような、
そんな理不尽さを感じてしまいました。

う〜ん、餃子15個。


どうした、韓国。 2003年
8月27日(火)

韓国はどうかしてしまったんじゃないか?

ユニバーシアードの北朝鮮選手団をめぐり、
北朝鮮に謝罪を続ける韓国。

開幕前、北朝鮮に抗議するデモが開かれたからという理由で
北朝鮮はユニバーシアードへの不参加を示唆。
即座に盧武鉉大統領が“遺憾の意”を表明、事実上の謝罪をした。

その後、「金正日打倒」のプラカードを掲げた市民団体と
ユニバーシアード取材の北朝鮮記者団が小競り合い。
この事件、最初は北朝鮮の記者のほうから殴りかかって行ったにも
かかわらず、北朝鮮が選手団の撤収を示唆すると、
即座に韓国側が“謝罪”した。

“盗人 猛々しい”とはまさにこのこと。

韓国は恫喝の前になにもできず、
“美女応援団”には骨抜きにされてしまったのか。

このままでは、核問題において韓国が日米の足を引っ張りかねない。
また、国内の不満を背景にした、盧武鉉政権の転覆だって
ありえない話じゃなくなるだろう。

政権が不安定になると、北朝鮮のつけいるスキも大きくなる。

しっかりしてほしいのだが。


“渋谷をおやじの手に” 2003年
8月17日(日)

「渋谷でおやじ。」

すべては、この一言から始まりました。
先日、「食べ物新日本奇行」の筆者・日経の野瀬泰申さんから、
「渋谷でおやじ。」をテーマに飲まないか、とお誘いがありました。

つまり、“渋谷におやじたちの棲息する場所が存在するかどうか”を
探りに行きたい、と言うのです。

「渋谷でおやじ。」

この壮大なテーマを探求すべく、私たちはお盆のさなかに
渋谷モアイ像前に集結し、渋谷の街の徘徊にでたのです。

まず向かったのは「富士屋本店」。
渋谷駅南口から歩道橋を渡り、リンガーハットから回り込んだ
路地に、すごい立ち飲みの店がある、という、野瀬さんの
握りしめてきた情報をもとに行ってみました。

…しかし、「富士屋本店」はちょうど夏休み。

立ち飲みの店が一週間もバカンスを取るなんて、
とてもおやじの味方とは思えません。

攻略目標を失い、我々は渋谷の街をさまようことになります。

「渋谷でおやじ。」

このテーマに添う店といえば、西口の東急プラザの裏から
井の頭線ガード下にわずかに残るだけ。

私の手持ちの店の中から、モツ焼きの店「千両」などを見て
もらったのですが、どうも野瀬さんの琴線に触れるものがない
様子。

最終兵器は「とりすみ」でした。

まず野瀬さんの琴線に触れたのが壁のメニューに書かれた
「缶詰各種300円」の札。即座に「サバの味噌煮缶」を注文、
独り占めにして楽しんでいます。

さらに「コンビーフ缶」「ポテトサラダ」「冷しトマト(マヨネーズ付き)」と
“おやじの王道”のジャブの応酬に、野瀬さんのちょっとニヒルで
シャイな顔がどんどんゆるんでいきます。

そしてトドメは「ナポリタン」でした。
渋谷の場末の酒場に、なぜか存在する“ニッポンの洋食”は、
野瀬さんの琴線をかきむしったようです。
しかも、このナポリタンの中に入っていたのは魚肉ソーセージ。
まさに清き貧しい時代を象徴するかのような食材のかけらを
発見したときの野瀬さんの喜色満面の様子といったら、
数十年前のイタズラっ子の表情そのままでした。

2日後、野瀬さんからメールが届きました。

“先日は飛び切りの店を紹介していただいてありがとうございました。
 渋谷をおやじどもの手に取り戻しましょう。
 食奇行でキャンペーン張っちゃいましょうか。”

「渋谷でおやじ。」

これから、おもしろいことになっていきそうです。


大学の格付け。 2003年
7月16日(水)

大学が「格付け」を競っている。

早稲田大学がきのう、「ダブルAプラス」を取得したと発表した。
21段階あるランクの中、最上位(トリプルA)に次ぐ2番目の高さ。
法政大学が上から4番目の「ダブルAマイナス」、
日本大学が3番目の「ダブルA」を取得している。
早稲田は、大学経営の学校法人としてはこれまでで最高だという。

しかし、この「格付け」は大学の学問のレベルを示すものではない。

この「格付け」は、格付投資情報センター(R&I)が発表したもので、
金融機関や投資家むけ。
長期資金を貸し付けるときのリスクを表している。
早稲田の「ダブルAプラス」は花王や東京電力、東京海上などと
同じ“優良企業”ということになる。

しかし、学生の側から見れば、大学の経営は

(払った学費)−(学生が得るもの)=(大学の利益)

と表現できる。

大学が“優良企業”である必要があるのだろうか。


フジ子・ヘミングと“世界最強”オケ。 2003年
7月15日(火)

まったくもって、ひどい演奏だった。

7月13日(日)にBunkamuraオーチャードホールで開かれた、
東京国際音楽祭のフジ子・ヘミング。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。

もともと独特のタッチによるやわらかな音の立ち上がりが
彼女の特徴とはいえ、今回の演奏は明らかにパワー不足。
音量がまったく出ていないのである。
ピアノの音がバックのフルオーケストラに埋もれてしまい、
存分に聴かせるはずの旋律を、客が一所懸命拾い上げて
聞かなければならない状態。
指揮者シュテファン・ザンデルリンクもまた、フジ子のほうを
振り返り、彼女がどこを弾いているのか目で確かめなければ
演奏を合わせられないという状態。
それは、あまりに異常な光景だった。

さすがに衰えた。
もはや彼女の腕には、フルオーケストラを打ち負かすような
力はなかった。

アンコールで弾いてみせたリストの「ラ・カンパネルラ」こそ
流暢ではあったが、それは逆に、もはやこうしたソロの小曲しか
彼女には残っていないことを示していた。


しかし、今回の演奏会でひどかったのは
フジ子・ヘミングだけではなかった。

最初の曲、ボロディンの「ダッタン人の踊り」を聴いたとき、
私は愕然とした。
リズムが揃わず、まったくバラバラに音が出てきたからである。

このオーケストラは「スーパーワールドオーケストラ(SWO)」。
この東京国際音楽祭だけのために結成され、毎年集められる。
世界の一流オーケストラに所属するトップクラスの演奏家が
集められた、世界最強オーケストラ、というのが触れ込みだった。

しかし、もともと別々の組織で活動する“寄せ集め”の集団である。
いくら一流とはいえ、普段の音楽的な土壌が違う人間たちが
ひとつの音楽を奏でるためには、やはりしっかりとした練習が
必要なのである。
それは、ひとりの指揮者のもとで、ひとつひとつのフレーズの
“歌いかた”を統一していく作業。この繰り返しを経て、
彼らはオーケストラという“ひとつの楽器”になっていくのである。

しかし今回、彼らにはじゅうぶんな練習時間など
与えられなかったのだろう。
「ダッタン人の踊り」では、各自が好き勝手にリズムをとり、
各自が自由気ままに旋律を歌いあげていた。
たぶん通しの演奏は一回もやっていないのではないか。
それほどお粗末な演奏だった。


おそらく、責任の大部分は主催者にあるのだろう。
たしかに、興行面からいえば少しでも多くの客を入れたいし、
少しでも経費を節約したいのはわかる。

しかし今回、ソリストのフジ子・ヘミングにかつての力はなく、
スーパーワールドオーケストラはあまりにもインスタントだった。

そして、客の質も低かった。
私の隣で落ち着きなく動き回り、ガサガサ音を立てていた老婆は、
しまいには演奏中にカーディガンを取り出し、着はじめる始末。
肘鉄を食らっても、しかたない行為だった。


しかし、そんな演奏会にも唯一の救いがあった。
最後に演奏された「シェエラザード」だった。

この演奏だけがまったくの別物だった。
コンサートマスターが歌いあげるせつなく苦しげなフレーズが、
様々な楽器に受け継がれ、輝きを増して広がっていく
オーケストレーションの妙。
そこには、確固たる意志と、注がれた時間の厚みが見えた。

たぶん、限られた練習時間のなかで、まともに練習したのは
この曲だけだったのだろう。
この曲だけでも完璧に演奏することが、彼らの意地であり、
プライドだったのだろう。

糸を引くようにして消えていく、ヴァイオリンのせつない余韻。
5秒間もの長い静寂。
そして、割れんばかりの拍手。

最後の瞬間が、観客の受けた感動の大きさを物語っていた。

この一曲で、やっと許せた。


組織の真理。 2003年
7月6日(日)

どこかで読んで、ずっと気になっている話。

             ☆

ミツバチを観察していたある昆虫学者が気づいた。
働きバチとはいえ、全然働いていないハチがいることに。

観察してみると、実際に一所懸命働いてるのは2割。
あとの8割は、全然働かず遊んでいるのだという。

そこでこの学者は、働いているハチだけを分離してみた。
そうすれば全員がよく働く精鋭集団ができあがるだろうと。

しかし、結果は違った。
できあがった“精鋭部隊”はやはり2割しか働かず、
8割は遊ぶようになってしまったという。

そして、さらにそのなかから2割を分離しても、同じことだった。

             ☆

ここに、組織というものの真理が隠れているのではないかと思う。
組織、ひいては世の中というものは常に、
2割が残りの8割を食わせている構図なのではないかと。

でも、逆に言えば、働かない8割だけの集団を作っても、
2割は働くようになる、ということを意味してはいないだろうか。

“鶏口となるも牛後になるなかれ”

どんな小さな組織にも、立派なリーダーは存在しうる。

あなたの会社は、そしてあなた自身はどうですか?

私?
私は立派な8割ですよ。ヽ( ´ー`)ノふっ


ひさびさのときめき。 2003年
6月27日(金)

『この売り場から、1等3億円がでました!』

踊るような文字の、まあたらしい張り紙。

こないだ、ここで宝くじを買った。

ちょっと胸がドキドキ。

ひさしぶりにドキドキ。

きょうも確かめに行けなかった。


最近見なくなったもの。 2003年
6月26日(木)

最近見なくなったもの。

眉毛の濃い女の子。

昔の富田靖子とか、酒井法子とか、
みんな濃い眉が健康的で素敵だったのに。

なんでいま、みんな眉毛を剃っちゃうんだろう。
モデルでもないのに。

化粧落としたら、まるで能面みたい。

そんなの、日本だけなのに。


交換条件。 2003年
6月25日(水)

サラリーマンでいることは

日々のおカネとひきかえに

夢と命を

切り売りしている気がしてる。


人間臭さ。 2003年
6月24日(火)

日本共産党の筆坂秀世参議院議員が、
セクハラで議員辞職したというニュースに触れた瞬間。

「…共産党員も人間だったんだなぁ。」

不謹慎かもしれませんが、それが偽らざる感想でした。


もちろん、セクハラを肯定するわけではありません。

しかし「清廉潔白」「鉄の規律」のイメージのある共産党で
セクハラが起こったことに、同じ空気を吸っているような、
妙な親近感を覚えたのです。

だって共産党の候補って、国会議員から市会議員にいたるまで
すべて演説のしかたが一緒なのです。
抑揚のつけかた、身振り、そして話しかけるようなスタイル。
全員が不破哲三議長のコピーであるかのように。

不破議長が演説の名手であることは認めます。
でも、それをそっくりまねた演説ばかりでは、
まるでロボットの演説を聞いているかのような味気なさ。

だからきょう、こういう“事件”があってはじめて、
共産党のひとにも人間臭いいろんな部分があるんだなぁ、と
初めて知った気がします。


しかしその後、共産党のホームページをみて、
もう一回私は驚くことになります。

“6月5日の党の調査にたいし、筆坂同志は、
この女性の訴えが事実であることを認め、自己批判するとともに、
被害を与えた女性に深く謝罪したいとのべました。
党の役職を辞任し、また、議員を辞職したいと表明しました。”

                       (日本共産党ホームページより)

“同志”“自己批判”なんて単語、
まだ使っているひとがいたなんて…。


法は誰の味方か。 2003年
6月23日(月)

「親が知人の保証人になり、借金を背負ったまま自殺したの。
 だからその借金を返すため、私はこんなお店で働いてるの。」

水商売の店で、そういう女の子に出会いました。

おせっかいな私は、こういうときに聞かずにいられません。
「“相続放棄”って知ってる?」

やはり彼女は知りませんでした。

相続放棄。
親が死んだとき、その財産を受け取らなくてもいいのと同様、
親の残した借金もまた、引き継がなくてもいいのです。

つまり、親がどんなに多額の借金を残していても、
ちゃんとした手続きを踏めば、すべての借金は消えてしまうのです。

もし親が自殺した直後に相続放棄の存在を知っていたら、
彼女はこんなお店で働いていないかもしれない---。

そう考えると、法というものの不平等さ、無力さを
痛感してしまいます。

「法は、それを知っている人にしか味方しない」。

だから、もっと法を知ってほしい。
法を味方につけてほしい。
そう思います。

法は、弱い立場の人を守るためにあるのですから。


神がかり。 2003年
6月18日(水)

“阪神優勝の経済効果は?”なんてニュースは聞き飽きた。

だっていつものことじゃないか。
この季節までは毎年毎年快進撃。

甲子園の盛り上がる様子も、阪神グッズが並ぶデパートも、
しょせん梅雨時までの風物詩---。

きのうまでは、そう思っていました。

ふと見はじめた阪神−横浜戦。
2点差で始まった9回裏。

四死球が重なったとはいえ、
あっという間に満塁、そして劇的なサヨナラ二塁打。
完全な負け試合をひっくり返しての逆転勝利は
まさに神がかりのひとことでした。

優勝するチームには、こんな“神がかりの一戦”があるもの。

ひょっとしたら…が、現実になってきたようです。


エビスの黒。 2003年
6月15日(日)

エビス黒ビールが売れすぎて供給が追いつかないため、
製造元のサッポロビールではいったん販売を休止するとか。

たしかに、エビスの黒はこれまでの黒ビールと違い、
ベタベタした甘さがほとんどなく、非常においしく仕上がっています。
これは売れて当たり前でしょう。

問題は、どれほど売れるのか予測できなかったサッポロ自身です。

長らく続いた販売不振。
出しても出しても売れない新製品。
センスのないデザインとCM。

こうした負の循環が続くうちに
いつしか会社全体が“縮み思考”に陥り、
製品に対する正しい評価すらできなくなっていたのではないでしょうか。

いいものを出せば、売れるのです。

かつて倒産寸前だったアサヒが、スーパードライで奇跡の復活をとげ、
シェアトップに躍り出たんですから。

これからの需要期に、店頭から商品が消えてしまうのは
あまりに大きな痛手です。


環境はひとを変える。 2003年
6月13日(金)

“環境は、ひとの顔を変える”といいます。

実際に、一卵性双生児であっても、育った環境が違えば、
まったく違った顔になっていくことが、
心理学などの調査で確かめられています。

しかし。

ヤンキースに行ってからの松井秀喜選手の顔が、
どんどんいい表情になっていくのはなぜでしょうか。

決して成績がいいわけではないのに。

さては、これまでがよっぽど…?


いまこそチャンスなのに。 2003年
6月10日(火)

東京電力の原子力発電所が一斉停止した影響で、
この夏、東京が大停電の恐怖にさらされようとしているいま、
「反原発」「脱原発」を掲げていた人々はなにをしているのでしょうか。

いまはまさに「原発のない世の中」
彼らにとっては、夢が現実となった瞬間のはずです。

勝利の雄叫びをあげるなり。
「このまま永久に停止せよ」と訴えるなり。

なぜいま、この絶好のチャンスを生かそうとしないのでしょうか。
なぜいま、彼らの声がまったく聞こえてこないのでしょうか。


やっぱり停電は怖いのでしょうか。
いままでどおり、電気を使い続けたいのでしょうか。


でも、それじゃあまた原発は動きだしちゃいますよ。


※厳密に言うと、全面停止は5月8日まででした

女性はわからない。 2003年
6月1日(日)

東京・箱崎にあるロイヤルパークホテルが、
「魅惑の変身体験プラン」という宿泊プランをはじめました。

プロのヘア&メイクアーティストの手で、いつもと違う自分に“変身”でき、
しかもその姿をプロのカメラマンが撮影。
気に入った写真を選ぶと、のちにプリントして郵送してくれるというもの。

どの程度“変身”できるのか?

その“使用前”“使用後”を見て、ひっくり返りました。
ロイヤルパークホテル「魅惑の変身体験プラン」

う〜ん、やっぱり女はわからない。(^〜^;)ムゥ


東京六大学野球を見て思う 2003年
5月30日(金)

いったい何のために

東大野球部

今シーズン10戦全敗

合計93失点

得点わずか6

彼らは戦う

負けることがわかっていても

なぜ?

これまでの人生

勝ち続けていたはずなのに