世界一のロボット。 2003年
12月 5日(金)

もうだいぶ前になってしまいましたが、
「2003国際ロボット展」を見に東京ビッグサイトへ行ってきました。

とくにお目当てがあったわけではありません。
単に最新のロボットというものに興味があっただけなのですが、
けっこう興味深く、おもしろかった。

展示されているものの多くは産業用ロボットであり、
自動車工場などで働くような無味乾燥なものがほとんどでしたが、
その技術のすごさは、私のような素人でもじゅうぶんわかりました。

しかしその一方で、会場にはところどころに
一般の人々も楽しめるようなロボットもありました。



これは人間とのコミュニケーションに特化したロボット。
さまざまな表情を作り出すことができます。

一匹の毛むくじゃらのロボットを見つけました。



ゴマアザラシの赤ちゃんを模したロボット。
名前は「パロ」。
独立行政法人・産業技術総合研究所が開発したものです。

このアザラシロボット、体をなでてあげると反応し、
人間とのコミュニケーションをとるようになっています。



その仕草ひとつひとつがかわいいのなんの。
説明をしていたおばさんに勧められるまま、
抱っこしてなでまわしてしまいました。

このロボット、人間に対して心の安らぎや楽しみを与えるために
開発されたもので、高齢者施設や病院などでその効果が確認されています。
「ロボット・セラピー」という言葉も徐々に認知され始めました。

そしてあの「ギネスブック」に「パロ」が載ったそうです。



認定証の拡大図。



それは「世界で最も治療効果のあるロボット」、
つまり、世界一の癒しロボットとしての認定でした。

「パロ」は来年には市販されることになるそうです。
値段は30万円ほどの予定。
でも、それでも欲しくなってしまうくらいのかわいいロボットでした。


“お食事中”の「パロ」。
口にくわえているのは電気を供給するプラグです。

渋谷に「麺喰王国」。 2003年
12月 3日(水)

今月25日(木)、渋谷の三角交番の近くに
「麺喰王国」なる商業施設がオープンするそうです。
http://www.menkui.net/

「麺喰王国」は、その名の通り有名ラーメン店などを集めた施設。
「竈」「支那そば勝丸」「縁や」「秀」など各地の有名店を一か所に集め、
その相乗効果で客を呼ぼうというのです。
「新横浜ラーメン博物館」の成功以来、全国各地に広がった
ラーメン・コンプレックスの一種です。

しかしここ1、2年、ラーメンの世界では390円といった低価格チェーン店が
急速に拡大しています。

もともとラーメンは庶民の味。
「ラーメンでも食うか」というセリフが自然に出てくる食べ物でした。
ところが、ここ数年の異常なラーメンブームで
美味追求型ラーメンがもてはやされた結果、一杯の値段が高騰。
少しおいしい店には長い行列ができてしまうようになりました。
「ちょっとラーメンでも…」と言うには、
あまりに遠い存在になってしまっていたのです。

こうしたなかでの低価格チェーンの増殖は、
「ラーメンなんかにお金を使いたくない」という
消費者の静かなる反抗なのでしょう。

それは、ラーメンブームの「終わりのはじまり」なのかもしれません。

そんななか登場する「麺喰王国」。
遅すぎた真打ち登場、ということにならなければいいのですが。


読者のニーズ? 2003年
11月25日(火)

きのう(24日)、日本経済新聞の一面にこんな社告が載った。
FIFAに莫大なカネを払ったらしい。

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【FIFAワールドカップ(TM) 本社、公式メディアサポーターに】


日本経済新聞社は国際サッカー連盟(FIFA)と
「オフィシャルメディアサポーター」契約を結びました。

これはFIFAが初めて設けるカテゴリーで、2006年に
ドイツで行われるFIFAワールドカップ(TM)と
それに至るFIFA主催の各大会について、
日本国内での各種支援活動を行うものです。

2006年に日本経済新聞は創刊130周年を迎えます。
今回の契約はその記念事業の一貫でもあり、
今後は一連の大会についてきめ細かく報道するとともに、
様々な特集紙面を掲載。
読者の皆様の高まるスポーツ志向にこたえていきます。
どうぞご期待ください。

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経済専門紙に
“読者の高まるスポーツ志向にこたえる”って言われてもねぇ。(^〜^;)ムゥ


まぐろソースかつ丼。 2003年
11月25日(火)

先日、神奈川県の三浦半島の先端にある三崎港に行ったところ、
「まぐろソースかつ丼」なるものを発見しました。



ポスターを見ると「三崎港 町おこしメニュー」と書いてあり、
「カツは上まぐろの尾身を使用し、130g以上あること」
「キャベツは三浦キャベツを使用したっぷり添える」
「丼のほか小鉢料理を一品以上と味噌汁をつける」など
“資格審査”がなかなか厳しいようです。

このとき、すでにお昼に「づけ丼」と「十割そば」を食べた直後で、
お腹いっぱいだったのですが、
以前、山形で遭遇した謎の「ビール定食」を
食べなかったことの後悔を二度と繰り返すまいと、
無理して食べることにしました。

店のおばさんに聞いてみると、この「まぐろソースかつ丼」、
登場してまだ一か月にもならないとのこと。
飲食店が集まって共同開発した新メニューだそうです。



さて、出てきたものですが、
ごはんにカツをそのまま乗せ、ソースを回しかけたものに
千切りキャベツが添えられたもの。
日経の人気サイト「食べ物新日本奇行」で話題になった
山梨の「自力ソースかけカツ丼」のようです。
味の方は、まぐろのカツが予想以上になかなかおいしかったです。
お値段も1,000円と名物料理にしてはお手頃なのではないでしょうか。

そうそう、 「まぐろソースかつ丼」のホームページもできていました。
http://magurokathudon.hp.infoseek.co.jp/
ぜひのぞいてみてください。


“こだわり”って…。 2003年
10月28日(火)

千葉県の酒々井サービスエリアで
こだわりの肉まん”を見つけました。

千葉県産の小麦だけを使った
 こだわり素材の肉まんです

とのこと。



でも、値段を見てみると
普通の肉まんより10円安い

…おいおい。


中国の実力。 10月17日(金)

中国が有人宇宙飛行に成功した。

ソビエト連邦、米国に続き史上3番目。
中国は祝賀ムードに沸き立ち、
日本では“先を越された。”と軽い屈辱感を
味わったひとも多いと思う。

しかし、考えてほしい。
今回の中国の有人飛行は、単にひとりの人間をロケットで打ち上げ、
周回軌道に乗せて帰ってきただけ。
40年前にソビエト連邦がしたことと何も変わらない。

つまり、中国の技術力は40年遅れだということを
はからずも証明してしまったのである。

日本が有人宇宙飛行に挑戦するとしたら、
こんな低レベルなものではすまない。
だからあえて挑戦しないのだ、と考えれば
中国のお祭騒ぎなどかわいらしいものに思えてくるじゃないか。

日本はすでに、5人の宇宙飛行士を送り出しているのだから。

結婚式の祝辞。 (実話) 2003年
10月16日(木)

後輩に、で整備の仕事をやっている男がいます。

その後輩の結婚式が、先日おこなわれました。
お相手は、スッチーかと思ったら普通のOLだとのこと。
なかなかきれいでやさしそうな女性で、
うらやましいの一言です。

後輩が、ただでさえ細い目をさらに細くし、
ただでさえ下がり気味の目尻をさらに下げていたケーキ入刀は、
これ以上の幸せの表現はないんじゃないかというほどのもの。
式は、なごやかないい雰囲気で進行していました。

そんななか、後輩のおじさんの挨拶の番になりました。
30代半ばの後輩のおじさんですから、けっこうな年配のかた。
おじさんは、祝辞がわりに即席で川柳を披露するといいます。

その祝辞が、これ。

 

その瞬間、会場の空気は凍ってしまいました。
とくに、後輩の上司・先輩・同僚一同が。


だって、航空業界で「鶴」といえば、これ。↓



           


そりゃあ、年配のおじさんです。
「鶴」がライバルの象徴であるということなんて知らなかったのかもしれません。
JALもANAも同じものに見えるのかもしれません。

でもでもでも。

こんな川柳を結婚式で披露する後輩のおじさんっていったい…。






きょう解散。 2003年
10月10日

きょう、衆議院が解散される。

今回の選挙は、小泉&安倍の自民党と、菅&小沢の民主党による
新たな二大政党の対決、などと言われている。

しかし、その影で注目される政党がある。

それは、社民党。

長年、北朝鮮の独裁政党・朝鮮労働党と長年友好関係にあり、
北朝鮮による拉致をずっと認めてこなかったこの政党が、
どのような国民の審判を受けるのか。

今回の選挙。
いくつかの政党が存亡の危機に立たされる。
私はこれが最大の見物だと思う。

興信所に追われた。 2003年
10月9日(木)

興信所に追われたことが2回ある。

1回目は10年ほど前。
ある巨大組織の子会社が、当時違法とされていた行為をしていることを
知ってしまったときのこと。

このことが表に出ると、この組織は存続すら危なかったかもしれない。
事実、その後まったく別の商品の不正表示が明るみに出たとき、
この組織のトップは引責辞任を余儀なくされている。
不正の程度と世の中に与える影響を考えると、
私が知ってしまった情報は、引責辞任どころではなかったはずである。

このときである。
私の動向に関する情報が逐一漏れてしまうようになったのは。

たとえば、私がその情報のソース(情報源)に会いに行くと、
私が着くよりも前に、私がその地域に行く、という情報が広まっていた。
情報が先に行くことで、私の行動を制約しようという狙いだったのだろう。

当時、私はそうした動きがあることを徐々に気づきはじめていた。
そのため、乗客名簿から情報が漏れることを恐れ航空機での移動を避け、
新幹線で移動するなどの対策をとっていたにも関わらず、
情報は繰り返し漏れた。

しかし、どうやって漏れるのかがさっぱりわからないのである。
もし興信所が尾行していたのだとしたら、
かなりの腕を持つプロの仕業であった。

結局、この巨大組織に関する情報は「裏」が取れず、
私はこの組織に関わることもなくなった。
しかし、当時この見えない人間の存在は、
私にかなりのプレッシャーを与え続けたのである。


2回目。
それは去年の春のことだった。

こんどは不正行為の情報を握ってしまった訳ではなく、
つまらない疑いをかけられたらしい。

今度来たのは、打って変わってお粗末きわまりない興信所だった。

私の様子をうかがう不審な人物の存在に気づいたのはバス停。
「目立たない服装」だと本人は思っているのだろうが、
上下ともグレー系の地味な服装に安っぽい黒のショルダーでは
“私は怪しいヤツです”ってわざわざ言っているようなものである。

しかもそいつが立っていたバス停は降車専用。
まぬけにも程があった。

しつこくあとを追ってきたので振り切ることにした。
といっても足の速さでは振り切れない。

東急東横線に乗ることにした。
桜木町行きの急行に乗り、ドアのすぐそばに立つ。
すると、そいつは同じ車両の隣のドアに乗り込んできた。
こちらの様子をうかがっている。

プルルルル…。

発車のベルが鳴る。
ベルが鳴りやんで、ドアが閉まる寸前の空白の一瞬。
ホームに飛び降りた。

ドアが閉まる。電車が走りはじめる。
まぬけな興信所の男を乗せたまま。
このままヤツは中目黒まで降りることができない。
ざまあみろ、である。

空になったホームを確認し、喜び勇んで改札を出た。
大手を振って街に戻ろうとしたそのとき。
もうひとりいた。不審な男が。

なにが不審かというと、こいつもさっきの男とほとんど同じ服装。
しかもカバンはまったく同じものであった。

馬鹿の一つ覚えとはまさにこのことである。

今度は山手線で逃げることにした。
内回りの電車が滑り込んでくる。
この男もまた、同じ車両の隣のドアからこっちの様子をうかがっている。

発車の音楽が鳴る。
ドアが閉まり始めたその瞬間、間一髪でまた飛び降りた。
山手線は、またまぬけな男を乗せて恵比寿に向かって行った。

二回連続で同じ手に引っかかるとは、本当におめでたい連中である。

私は、なんの情報も証拠も奴らに与えず、
大手を振って再び渋谷の街に戻った。

しかしまあ、こんな馬鹿な興信所に大金を払う依頼主も依頼主である。
お気の毒さま。

米沢みやげ。 10月5日(日)


宅急便が職場に届きました。
先日、山形県米沢市に行ったとき、
自分へのお土産に送っておいたものです。

しかし、受け取ってきてくれたスタッフ女性は怪訝そうな顔。
「なんか、受付のおばさんに聞かれましたよ。いったいなんなの、これは、って。」

え?まさかまさかまさか。

奪い取るようにして宅急便を受け取り、品名を見ると
なんと「おっぱいぷりん」の文字が。



しかもご丁寧にも「ワレモノ」「なまもの」なんて書いてあります。

品名なんてお菓子と書けばいいのに、
これじゃ何を買ったかバレバレです。

この「おっぱいぷりん」
先日、山形県米沢市に行ったついでに
わざわざ製造元の「よしだ聖菓」まで行って買ってきたもの。



しかし「よしだ聖菓」とはいっても、実際はただの電気屋。

なんでも、この店のご主人がお客さんに対して
サービスで渡していたものが評判となり、
改良を重ねてこの店の“特産品”になったのだとか。



実際の味は、プリンというよりもババロアに近い感じ。
思ったよりおいしかったですね。

しかし、この「おっぱいプリン」
日経の野瀬さんにも送っておいたのですが、
「品名:おっぱいぷりん」の文字をめぐって
日経の社内でどんな光景が繰り広げられたのかと思うと
ちょっとわくわく…、いや気の毒な気がします。



謎の定食。 2003年
10月2日(水)

先日、山形に行ったときに、山形駅前のビルの地下にある飲食店で、
謎のメニューを見つけました。

不思議な定食といえば、
大阪には「お好み焼き定食」という“炭水化物の塊メニュー”があります。
また、どこにあるのか忘れましたが「カレーライス定食」という
カレーライスに、さらにご飯と味噌汁がつくという、
カレーライス大盛り+味噌汁とどう違うのかわからない定食
雑誌で見たことがあります。

しかし、これらの定食に比べても
この山形のメニューはさらに不可解といえるかもしれません。

はたしてこんなものをおかずにご飯を食べると言うのでしょうか。

その謎の定食とは↓これ


はなわ恐るべし。 2003年
10月1日(火)

きょうは、はなわのアルバム「HANAWA ROCK」の発売日だった。

さっそく買いに行き、聴いてみたが期待を裏切らないものだった。
とくに「千葉県」「埼玉県」「大阪府」など
全編に渡ってイタズラ心に満ち満ちていてちゃんと笑える。

しかしその一方で、家族を描いた歌が
あまりに描写がリアルで、両親の夫婦仲までわかってしまうのには
思わず引いてしまうが

でも、きょう一番驚いたのは、
帰りに寄ったスーパーで流れていたBGMが
アルバム収録曲のひとつ「僕の名前」のインストゥルメンタルだったこと。
きょう発売だというのに…。

はなわ人気おそるべし、…か?



闇に葬られた写真。 2003年
9月29日(月)

この週末、日本経済新聞HP週末版「食べ物新日本奇行」
http://weekend.nikkei.co.jp/kiko/
一度は掲載されながら、忽然と消えた写真があります。

それは、「人肉焼」の写真。

その、あまりにも恐ろしいメニュー。
身の毛もよだつ内容から、あえて封印され、
幻の写真となってしまったのです。

しかし、我々は地を這うような取材によって、
その、闇に葬られた「人肉焼」の写真をついに入手しました。

ごらんください、これこそまさに
「人肉焼」写真のオリジナルです。

↓これ。
         でもこの「人肉焼」、実際はニンニクをまるごと焼いただけなんですよ。↓


冷しラーメン。 2003年
9月28日(日)

山形に行った。

山形が発祥の地という「冷やしラーメン」を食べた。

全国的に言うと「冷やしラーメン」には二種類あって、
北海道ではいわゆる「冷やし中華」のことを「冷やしラーメン」と呼ぶのに対し、
山形のそれは、普通のラーメンがそのまま冷たくなっている

スープにはわざわざ氷まで浮かんでいた。

で、食べてみた。

…。(^〜^;)



モラルなき医師たち。 2003年
9月25日(木)

「こんな仕事、カネにならん。」

これは、ある知り合いの医者の口癖です。
彼の仕事は、外科手術には欠かせない仕事。
緊急手術の際には、よく呼び出されます。

しかし、そのたびにこの男は上のセリフを吐いています。


きょう、慈恵医大青戸病院の医師3人が逮捕されました。
高度医療に指定されている腹腔鏡を使った手術を、
3人とも経験がほとんどないにも関わらず行ったことによって
ひとりの人間を殺してしまったのです。

もはやこれは手術ミスではありません。

まぎれもない人体実験です。

この連中には、手術を受けた相手が、人間であるということすら、
見えなくなっていたのでしょう。
たったひとつのかけがえのない命、
たったひとつのかけがえのない人生を生きる存在だということすら
この連中にはもはやわからなくなっていたのでしょう。

ひとの命を左右する立場にあるだけに、
医者という職業には高い倫理観と強い正義感、
そして博愛の精神が求められるはずです。

しかし、いま現在、医師になっている人間のどれほどに、
こうしたモラルが期待できるというのでしょうか。

高校時代の成績が良かったから医学部を選んだだけの医師。
高い収入が約束されていたから医学部を選んだだけの医師。
そんな医師ばっかりになってはいないでしょうか。

国立大学の付属病院の医師ですら、患者から謝礼として
現金をもらうことが当たり前になっているといいます。

そんな医師に、我々の命を扱う“資格”があるのでしょうか。


食糧援助の光と影。 2003年
9月24日(水)

せっかくみんなで楽しく話している場に、
中途半端な知識をひけらかしに来て他人を黙らせてしまう。
そういう人間の存在が嫌いです。

今週、あるサイトでも、給食の脱脂粉乳世代と牛乳世代の違いについて
面白おかしく話していたのに、敗戦直後の「ララ物資」がどうだの、それに奔走した
日本の人物が偉かっただのと得意げに書き込んで場をしらけさせる人間がいました。

しかし、そもそも脱脂粉乳の援助って、そんなに感謝することだったのでしょうか。

当時、アメリカでは乳製品の生産増加によってその副産物である脱脂粉乳が
過剰になっていました。とはいえ脱脂粉乳は子牛へのミルクの代わりなどに使う以外、
もともとあまり使い道のないもの。日本への脱脂粉乳の援助は、
一方で余剰生産物の“はけ口”としての役割をも果たしていたのです。

いまでも食糧援助といえば、「善意のたまもの」とか「飢えた子どもを救う」といった
盲目的な賛美の声がマスコミや一般の人々に浸透しています。

しかしその一方で、食糧援助は援助される側にとって
結局は幸福をもたらさない、という現実があります。

とくに、小麦を中心とした援助は、「援助される側」の伝統的食生活を破壊し、
アメリカの穀物メジャーの輸出先開拓に役立ってきたという現実があります。

その最初の“犠牲”になったのが日本です。
敗戦直後、東大の学者までもが加担し、“米を食べると頭が悪くなる”といった
荒唐無稽な宣伝が国家的規模で行われました。それは、なかなか小麦になじもうと
しない日本人に、小麦を食べさせるためだったのです。

その結果、のちに理想的な食事と評価される日本型食生活が破壊されました。
日本は現在、大量の小麦を輸入し、先進国でも最低の食糧自給率に甘んじる国家に
なってしまったのです。

こうしたことは、日本だけで行われたのではありません。

アフリカのサハラ地方においてはもっとひどく、小麦の援助によって
キビやトウモロコシを主食とする伝統的食生活が破壊されました。
とくに富裕層は、パンを中心とした食生活になってしまい、
それまで食べていたキビやトウモロコシに見向きもしなくなったのです。

そのため、これらの作物は商品価値を失い、貧しい農民たちは収入を失ってしまいます。
農民はさらに飢えに苦しむことになり、さらなる食糧援助が必要となったのです。
そして“施し”に慣れてしまった農民たちは、働く意欲さえ失ってしまうという
悪循環を招いてしまったのです。

これではもう、食糧援助は飢餓を将来に先送りしているにすぎません。
とりあえず救援物資で飢えをしのいだとしても、その子どもたちが大人になり、
さらに爆発的に人口が増えたときにもっと大きな不幸がやってくるかもしれないのです。

食糧援助というものは、一面ではたしかに善意によるものですから、
いま目の前にいる飢える人々を救おうと一所懸命頑張っている人々の気持ちまで
否定するつもりはありません。

しかし、その一方で、食糧援助によって引き起こされているのは
被援助国の伝統的食生活の破壊であり、その国の農業の破壊と
食糧輸入による先進国への従属が進んでいる現実を忘れてはいけない気がします。

そしてまた、その出発点となった敗戦直後のアメリカから日本への食糧援助を、
いつまでも礼賛するわけにはいかないと思うのです。


ヤフー人? 2003年
9月23日(祝)

自慢じゃないが、私のネット歴は長い。

なにしろ、ネットを始めたのは
モデムの通信速度がまだ2400bps(ビット/秒)だったころ。
最近登場した24メガADSLの、なんと1万分の1の速度の時代だった。

はじめた当時、インターネットという言葉はなく、
パソコン通信という、文字だけの通信しかなかった。
2400bpsだと、通信してる内容が画面を流れていくのが読めた

私がよく使っていたのはニフティサーブ。

いまはただのプロバイダーに成りさがったニフティだが、
当時はパソコン通信の二大巨頭のひとつであり、
様々なジャンルに分かれた“フォーラム”という場で
活発な書き込みが行われる最先端の“電脳広場”であった。

当時、私は書き込みをするときも本名を使っていた。
自分の仕事の裏話やPRをすることが多かったため、その文責のつもりだったが、
ときにはヨソの会社の批判を書き込むこともあった。
いま考えると、よくやったもんだと思う。

そして時は過ぎ、インターネットというものが普及しはじめたころ。
私は、初めてニフティのオフ会に出席してみた。
当時、通信速度は28,8kbpsと現在の1,000分の1までスピードアップし、
Yahoo!などの検索エンジンが便利なものとして話題にのぼりはじめていた。

オフ会は楽しかった。
いつも文字の上だけで会話をしている人々の“実物”に会い、
その人柄が、文章から受けるイメージそのままであることがわかったのは大きな喜びだった。

しかし、名刺交換のとき、愕然とするようなことが起こる。
名刺を渡した相手が驚き、口々にこう言うのだ。

「え、本名だったんですか?」と。

私の名前は非常に珍しい。
だからほかの人々は、この名前を本名だと思っていなかったらしい。
しかもヨソの会社の批判を堂々と書き込むような男である。
まさか本名であろうはずがない、と思ったらしい。
彼らは私の姓を「ヤフー」、名前を「ジン」と読み、
合わせて「ヤフー人」というペンネームだと思っていたのだという。

当時、Yahoo!が知られはじめた頃とはいえ、
そんな名前で勝手に呼ばれていた私って、けっこう情けないような気がする。


「くじら軒」のナゾ。 2003年
9月23日(祝)

開業からわずか6年にして、
知らない人はいないほどのラーメンの名店となった「くじら軒」。

横浜市の港北ニュータウンにある本店には、
いまも毎日のように行列ができ、1時間待ちはザラです。

本店の開店時間は12時ちょうど。
以前、それを知らずに11時15分に行ってしまい、
しかたなくずっと並んでいたことがあります。

見ていると、店員が大きな袋を抱えて入っていきます。
袋に入っていたのはポテトチップス。
そう、お店で普通に売ってるポテトチップスの袋を大きな袋いっぱいに詰め込み、
サンタクロースの袋のようにして持って入っていくのです。
しかも一人ではありません。

いったい何に使うのでしょう。

もちろん、メニューにポテトチップスはありません。
とはいえ、従業員が食べるにはあまりにも多い量です。
ときには、店の片隅にポテトチップスの袋が積まれていることもありました。

もしかしたら…。
意外なところに、くじら軒の秘密が隠されているのかもしれませんね。



いよいよアルバム。 2003年
9月21日(日)

デビュー直後から注目していた
「佐賀県」のはなわが、
いよいよアルバムを出すらしい。
「HANAWA ROCK」
http://www.teichiku.co.jp/artist/hanawa/disco/ci1048.html

ちょっと試聴してみたけど、
「大阪府」「千葉県」の都道府県シリーズは
しっかりツボを突いた歌詞で笑わせてくれる。

しかも値段が1,905円と格安。
これは買わねば。


経験則? 2003年
9月21日(日)

感覚でモノを言ってはいけないのはわかってます。
でも、どうしても気になってることがひとつ。

BMWに乗ってる人は運転が下手。

なぜなのかはわかりません。
でも、私の経験からして、そんなBMWがかなり多いような気がします。

高価な車ですから、大事にしすぎてあまり乗らないのかもしれません。
車は見せるものだと割り切ってる人が多いからかもしれません。

…これって、妬みなんでしょうかね?


日本一の鯖寿司。 2003年
9月21日(日)

私が、日本でいちばんおいしいと信じる鯖寿司が、
鳥取県米子市にあります。

「吾左衛門寿し」。

ほんわり甘めの酢飯に、軽くしめた身の厚い鯖が乗り、
厚い昆布でしっかりと巻いてあるという、ただそれだけの鯖寿司なのですが、
鯖のうま味が存分に引き出されたすばらしい寿司なのです。

以前、鳥取に滞在していたときに、いよいよ鯖が好きになりました。
日本海でとれたばかりの鯖は、普通のスーパーに売られていても
鮮度が格段に違い、そのまま刺身にできるほどなのです。

「吾左衛門寿し」は、そうした新鮮な鯖を使うせいでしょうか、
酸っぱさが先に来るような普通の鯖寿司とは違う、
ほのかな甘さが印象的なものとなっています。

とくに、添付の特製醤油との相性が完璧。
もともと、塩味は酸味を抑え込む性質があるため、醤油をつけることで
酢のツンと来る部分がなくなり、まろやかな味となりますが、
この醤油はそれ以上に香りが抜群で、鯖の臭みを消しうま味をさらに
増す役目を果たしているようです。

また、生姜もわざわざ奈良県から取り寄せているもの。
クズのような小さな破片が入っているように見えますが、
この生姜もまたおいしく、立派な味の引き立て役となっています。

しかしこの「吾左衛門寿し」、これまでは入手が難しいものでした。
JR米子駅にある直営の売店など、地元で買う以外は「全国駅弁大会」
といったデパートなどでの催しものでしかお目にかかれなかったのです。
宅配便による全国発送もしてはいましたが、さすがに一本二本の単位で
送料までかけて買う気にはなれませんでした。

それが最近、日本橋三越の食料品売り場に常設コーナーができたのです。
ここには、毎日空輸で運ばれてくる「吾左衛門寿し」が常時並んでいます。

これまでなかなか手に入らなかった日本一の鯖寿司。
もし日本橋に行く機会があったら、ぜひ一度、試してみてください。